伝えたいあなたへ。



ご無沙汰しております、お元気でしょうか。

こちらは、段々騒がしくなって参りました。あまりに皆さん、こちらへ急にやってくるものですから、お茶菓子がいくらあっても足りません。あなたが前に用意してくださったあのおまんじゅうも、半日ほどでみんな食べきってしまいました。でも、とても美味しかったので、また買ってきてくださいまし。わたくしはあの和菓子屋のお菓子が大好きなのです。

ここのところ、あなたが寂しがってやいないかと心配です。あなたのことですから、どうせ息子夫婦にも意地を張って連絡をしていないんでしょう。知っているんですよ。昨日、息子たちから聞きましたもの。「母さん、父さんはなんだってあんなに頑固なんだい。心配だから、同居とまではいかなくても、近くに住んでほしいのに、その話をすると怒ってしまうんだ」って、呆れていましたよ。こんなことを言うとあなたはまた怒るでしょうけれど、あなたももう年なのですから、そろそろ子供たちに頼っても良いと思いますよ。

そういえば先日、昔よく花札を共にやった、昭二さんとお会いしました。覚えていらっしゃいますか? 覚えているでしょうね、わたしたち、大の仲良しでしたもの。そこで、話すうちに、夢の話になったのです。それで私、昔、あなたに会う前に見た、不思議な夢のことを思い出したのです。あなたに話したことは、あったでしょうか。きっとないと思います。あなたは予知夢だとか運命だとか、嫌いでしたものね。でももう頃合いですから、話させてください。

わたくしとあなたがお見合いで出会う数日前、わたくしはとある夢を見たのです。美しい庭園に、わたくしは誰かと佇んでいました。目の前には手入れの行き届いたお池があって、光を受けてきらきらと輝いておりました。そしてそのお水の中で、赤と白の模様の、大きな鯉が、悠々と泳いでおりました。立派な鯉でした。わたくしが、それを見ながらぼんやりしていると、わたくしの隣に立っていた誰かが、そっとわたくしの手を取って、薬指に指輪をはめたのです。わたしは驚きました。薬指に指輪だなんて、意味するのはたったひとつです。私は隣の方のお顔を拝見しようと思いました。でも、シルバーの指輪がなんだかとっても綺麗で、目が離せなくて、私は隣のお方の手を、視界の端に見ることしか出来ませんでした。その手は、とても印象的で、目が覚めたあともしばらく覚えていました。指輪のデザインなんて、直ぐに忘れてしまったのに。指輪なんて、綺麗だった、ということしか、記憶にありませんでした。手の話に戻りますけれど、その手の甲には、7つの黒子がありました。まるで北斗七星のように並んでおりました。角張った大きな手は、まだ若々しいのに、黒子がどうしても目立ちました。ほら、印象的でしょう。でもそれを見て、私、嫌ではありませんでした。先程にも例えましたように、私はその黒子を、北斗七星のようだなと思ったのです。夢の中のその手を、私は一日中想い続けました。その手の持ち主と、その手ではめていただいた指輪がどうしても気になって、どうしてあんな夢を見たのだろう、と考え続けました。でも、所詮は夢ですから、再び寝てしまったらすっかり忘れてしまいました。そうして数日して、私とあなたは、親同士の設けたお見合いの席で、出会いました。あなたはにこりともせず、淡々と形式にそって物事を進めてくださいました。怒らないでくださいね。正直に言いますと、つまらない人だと思いました。そして、私がそう思ったのを感じとったのか、あなたは唐突に、ここの庭園はとても美しいと聞くから一緒に散歩しよう、と眉をしかめながら私に言いました。後から思えば、あの怖い顔も緊張から来たのだとわかりますが、あの時はあなたのことをほとんど知りませんでしたから、ただただ怖くって、私が何か粗相をしたから、庭園に埋められるのではないかと小さく震えておりました。しばらくふたりでその庭園を歩いて、小さな池の前で、ふとあなたは立ち止まりました。私は突き落とされたらどうしようと思って、あなたの半歩後ろに並びました。しかしあなたは、声を震わせながら、藪から棒に、僕は一目見た時から貴女に心奪われていました。どうか結婚してくれないだろうか。と、池を見ながらわたくしに言いましたね。私が驚きのあまり小さく、え、と口から声を出すと、あなたはやっと振り返って、私の手をそっと取りました。そして、お願いします。と、まっすぐ私の目を見ておっしゃいました。その熱い目線に私は耐えきれなくって、お断りしようと考えていたのにどうしよう、と思わず顔を下げました。そこであなたの手が目に入りました。私の手を固く握るあなたの手、左手には、7つの黒子がありました。北斗七星のように並んでおりました。そこで私ははっと、あの夢を思い出したのです。あの夢のお方は、きっとこの人なのだ、これは運命なのだ、私が結婚するお方は彼なのだ、とその瞬間思いました。ばかげた話だとあなたはお思いになるでしょう。でも、本当なのです。だから私はあなたの告白をお受けしました。もしあの夢を見ていなかったら、誰が無愛想で怖いお顔をしたあなたと結婚するものですか。そしてあなたと私は、夢の通り、結ばれました。そこからまた時が流れ子どもを授かり、喧嘩もしましたが、その子らも無事に巣立ち、数十年間賑やかだった食卓も、また二人の寂しいものに戻りました。あなたは元々喋る方ではありませんでしたが、年老いていくといっそう話さなくなりました。ふたりちゃんと向き合っているのに、黙ったままおかずをつつくのですから、おかしいものですね。もっと仲睦まじく、今日あったことのひとつやふたつ、話せばよかったのに。今はそれを悔しく思います。

ですから、ぜひあなたがこちらへ来たときは、今まで話せなかったことをたくさんお話しましょう。今日見た花のことだとか、聞いた噂話だとか、くだらないことであなたと笑いたいのです。あの日、あなたが私に想いを伝えてくださった日から、いいえ、夢で出会った時から、私はずっとあなたを愛しています。神様がきっと、私たちを引き合わせてくれたのです。こんなことを言うと、現実主義のあなたは怒るかもしれないですけど、私は年老いてしわくちゃになっても乙女ですから、占いだとか神様だとか、運命だとかを、信じていたいのです。

これは余談ですけれども、昭二さんたら、私のこと好きだったんですって。でも親友であるあなたの奥さんだからと、気持ちを押し殺していたんですって。なんともいじらしい話でしょう。あなたから直接、好きだと言われたのは、若いときの片手で数えられる程度しかなかったものですから、少し心が動かされました。でもそれも過去の笑い話です。もうとっくの昔に、私への気持ちも未練もないみたいです。だから、あなたへのお手紙に書いてもいいよと、お許しを頂いたのです。さて、これで私たち三人の中での秘密はなくなりましたね。ああ、いや、忘れていました、まだあなたのお話を聞いていませんでしたね。あなたももし伝え損ねたことがあるのでしたら、こちらに来たときにゆっくりお話してくださいね。花札をしながら、もしくはおまんじゅうとお茶を啜りながら、のんびりお話を聞かせてください。こちらでは時間なんて、あってないようなものですから。でも急ぎはしませんから、どうかこちらにはゆっくり来てください。いつまでも待っていますから。

この手紙が本当に、あなたに届いたらいいのに。あなたをおいて逝ってしまった私は、毎日あなたが気がかりでなりません。私のお仏壇に手を合わせて、律儀にお供え物もこまめに用意してくれるあなたを上から見て、涙がこぼれてしまいました。言葉こそ少なかったけれど、ちゃんと愛されていたのだと、実感が湧きました。ねえ、ちゃんとご飯は食べてくださいね。お散歩もしてください。息子たちとは定期的に連絡を取ってください。私のことなんてしばらく忘れてくれたっていいんです。その左手の薬指にはまったシルバーの指輪、窮屈でしょう。外したっていいんですよ。私の指からは、焼かれる前に外されてしまいましたから。でもその指輪、ちゃんと綺麗にお仏壇に飾ってあるんですものね。もう、そんなことするくらいなら、もっと私に愛の言葉を囁いてくれたって良かったと思いませんか。あなたはばかです。大ばか者です。でもそんな大ばか者を愛してしまった私も、大ばかです。でも愛しているのです。またあなたの手に触れたい。大きな胸に抱かれたい。あなたがコンプレックスだと言った北斗七星のような黒子、何度も言うように、私は大好きなんです。ぜひまたなぞらせてください。くすぐったいと言って、振り払わないでくださいね。私、綺麗にして待ってますから、あなたが寿命を終えてこちらに来たときは、どうかまた私の指に指輪をはめてください。愛しています。


愛を込めて 照美

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夢現の手紙。 @yuune0921

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