エピローグ

 イルマが俺の部屋へ訪れてより数刻後。

 クリーク、ソルシエ、ダレンが揃って俺の部屋へとやって来たんだ。

 もしももう少し奴らの来るのが早かったと思ったら……少し冷や汗ものだったけどな。

 クリーク達は、いつの間にか教会から姿を消したイルマを追ってここに来たらしい。

 もっとも、イルマが何処へ行ったのかと言う事なんて考えるまでもない……と言う思いから、やって来るのが随分とのんびりとしたものだったんだけどな。


「さて……お前達が、今後取り組まなければならない事は……何だ?」


 期せずして、再び俺の部屋にクリーク達全員が揃った。

 本当は俺の方から足を運ぶつもりだったんだから、これは幸いと言って良いだろうな。

 そしてそれを活かさない手はない。

 俺は彼等を前にしてその顔をぐるりと見まわし、勿体ぶった様にそう問いかけたんだ。

 そんな言い方をしたのには……当然、訳がある。

 今回のトラブルを生んだ原因のように、クリーク達が都合のいい解釈をしない様に……そして、俺の話が冗談では無いと分からせる為に、敢えてこんな話し方を取っているんだ。


「……出来る限り多くの怪物を、完璧に攻略できるまで……倒す……」


「ちゃんと事前に情報を収集しま―――す」


「ど……どんな怪物も……苦手とせずに……戦います!」


 そんな俺の問い掛けに、クリーク達はこう答えた訳だ……が。

 それはどうにも、絵にかいた様な模範的な回答で、とても彼等にはそぐわない台詞でもあったんだ。

 クリークは、どうにもしょげた様な。

 ソルシエは、無理をしてふざけた様な。

 そしてダレンは、まるで自分に言い聞かせるような声音であった。

 全員が何処か意気消沈で、言ってしまえば普段のクリーク達からは程遠いテンションだ。

 まぁ……それも分からないではない。

 自分達が冒険を……戦いを甘く考えた結果、仲間が……イルマが危険な目に合ったんだ。

 これで反省しないってのは、救い様が無いと言って良いからな。

 反省するのは大いに結構だ。

 でも、それに呑まれて委縮したんじゃあ意味ないんだがなぁ……。


「みんなで力を合わせて、色んな問題に向かいます」


 そして最後に、イルマが確りとした口調でそう答えた。

 それを聞いたクリーク達は、驚いたような表情でイルマの方を見たんだ。

 クリーク達の浅い考えの結果、イルマはとんでもない仕打ちを受けた側だ。

 恨む……とまではいかなくとも、憤慨していてもおかしくないだろう。

 まぁ、冷静に彼女の性格を考えればそんな事は無いんだろうが、今のクリーク達にはそんな落ち着いた思考なんて持つ方が難しいだろうな。

 だから、イルマが口にした「みんなで」と言うフレーズには、彼等も驚かずにはいられなかったんだろう。


「……そうか。……と言う事だそうだが、お前達はどうなんだ? クリーク、ソルシエ、ダレン?」


 もっとも、俺でさえイルマの台詞には驚いていた。

 でも、俺がクリーク達と一緒になって目を丸くしている場合じゃあない。

 心の中でイルマに称賛を送りながら、俺は再度クリーク達に話を振った。

 3人はイルマを眩しそうに、嬉しそうに見つめていたんだが。


「も……勿論だぜっ! みんなで……全員で、これからも頑張るに決まってるじゃんっ!」


「そ……そうね! 今まではイルマにばっかり情報収集を任せてたけど、これからは皆で取り組まなきゃね!」


「は……はいっ! ぼ……僕も、皆さんの力になれる様が……頑張りますっ!」


 そして、幾分いつもの調子が戻って来たクリーク、ソルシエ、ダレンが、決意も新たにそう口にしたんだ。

 それを聞いたイルマもまた、彼等の方へと頷いて応えていた。

 一つ、子供の利点としては、いつまでも失敗に囚われない事だろう。

 常に前を向いて進んでいけるその貪欲さが、道を切り開く力になるんだ。

 今回の事で彼等には、更に慎重さもわずかだが身に付いた事だろう。


「先生っ! 次の課題を教えてくれよっ! 今度は俺達、失敗しないからさっ!」


 一気に盛り上がりを見せた彼等を代表して、クリークが勢いよく俺にそう問いかけてきた。

 さっきまでの沈み切った気分はどこへやら、あっという間にみんな復活を果たしたみたいだった。

 んだが。


「いや……もう俺から、お前達にあれこれと言うつもりはない」


 熱いクリークとは対照的に、俺は冷淡と言える口調でそう返したんだ。

 それはともすれば、彼等の意気に水を差す様な行為に見えたかも知れないな。

 それどころか聞きようによっては、クリーク達を突き放した言い方に聞こえたかも知れない。


「ちょ……ど―――ゆ―――事よっ!?」


「せ……先生っ!?」


 それが証拠に絶句するクリーク、そして疑問の声を上げるソルシエとダレン。

 イルマはキュッと口を引き結んで、ジッと俺の方を見ていた。

 でもまぁ、それはこいつ等の勘違いって奴だ。


「今から当分の間、自分達で試行錯誤してやってみるといいって事だよ。今回の事で、地道にやっていく事の重要性が分かっただろう? なら今度は、自分達で何が必要か考えて、積極的にそれを取り組む様にすればいい。勿論、定期的に様子は見に来るし、何か問題や疑問にぶつかったならいくらでも相談に乗ってやるし助言もしてやる」


 これは俺が、昨晩から考えていた事でもあった。

 最適解かどうかは分からないが、どうにも俺は彼等の冒険に介入し過ぎていたかもしれないと感じたんだ。

 やや極端な発想かも知れないが、俺だって指導者として完璧じゃあないからな。

 俺は俺で、やっぱり試行錯誤でやっていくしかないんだ。


「定期的な報告と緊急連絡は、イルマに持たせた『通信石』を利用すれば良い。それ以外は、自分達で対応する様に心掛けろ。ただし何かしらの問題や依頼クエストを熟した後は、必ず報告する事……いいな?」


「「「「はいっ!」」」」


 俺の返答を聞いて安堵感に包まれているクリーク達に、俺はそう補足説明を加えた。

 そしてそれを聞いたクリーク達は、元気いっぱい満面の笑みでそう答えたんだ。

 そんな彼等に俺の方も頷いて応え、やる気漲る彼等を送り出したんだった。





 さて、クリーク達を送り出して俺の仕事はお終い……なんていう事は無いんだなぁ―――これが。

 行くところもやる事も、俺にはまだまだ山ほどある。 

 そしてそんな時に限ってしなければならない事や、新たに試みたいアイデアが浮かんだりするんだから人って奴はまったく……・

 とりあえずは、目の前にある問題を1つずつ解決しなければならない。

 まずは……魔界だな。


「来たな……勇者よ」


 今度は間違える事無く魔王の間へと飛んだ俺を、支度を終えて現れた魔王リヴェリアはそう言って迎えてくれたんだ。

 今のリヴェリア……リリアは、以前纏っていた露出の高い「聖霊の鎧」でも、この間偶然見る事となったワンピース姿でもない。

 割とゆったりとした、それでいてラフでもないチェニックを身に纏い、その上からマントを羽織っている。

 勿論、そんな姿をしていても王としての風情は十分に出ているし、彼女の美しさを寸分も損なう事なんてない。


「なんだ? 俺を待っていたのか?」


 魔王の口ぶりは、どこか俺が来るのを待ち望んでいた様にも聞こえたんだ。

 俺がこの魔王城へとやって来るのは、たかだか1週間ぶりだ。

 俺が此処へとやって来たのは、当然情報の交換でもあるんだが、用意する事が出来たある物を彼女に渡す為でもあったんだ。

 でもリリアの方でも、何か俺に用事でもあったんだろうか?


「う……うむ。ま……待っていたと言えば……そ……そうだ」


 そんな俺の問い掛けに、一気に顔を赤らめたリリアが声を詰まらせながらそう答えた。

 いや、ここでそんな表情をされると、俺も言葉に詰まっちまうだろうが。

 頬を染めた可憐なリリアに動揺しながらも、俺は何とか平静を保つ事に成功していた。

 そして。


「そ……そうか。俺の方はこれを持ってきたんだ」


 玉座に座るリリアに近づきながら、俺は道具袋からこぶし大の加工された鉱石を取りだした。

 言うまでもなくこれは……「通信石」だ。


「お……おおっ!」


 そしてそれを見止めたリリアは、これ以上ないと言う程の歓喜の声を上げ俺の手からその石を受け取ったんだ。


「とりあえず、これでリリアとの通信は確保できたな。でもだからって、そう頻繁に使用されても困るんだからな」


 俺が冗談交じりでそう伝えたんだが、そうは受け取らなかったリリアはあからさまに愕然とした表情をしていた。

 いや、どんだけこれを使う気だったんだよ。


「う……うむ、と……当然だな。勿論、使う処を弁えない私ではない。安心していいぞ、勇者よ……ハ……ハハハ……」


 でもそう答えるリリアの顔は、もう使いたくてウズウズしているのが分かるものだった。

 こりゃあ当分の間は、リリアの会話に付き合ってやらないとダメかも知れないなぁ……。


「それから、これも持ってきたんだ」


 嬉しそうなリリアをこれ以上直視する事が出来ず、俺は話を逸らす様に道具袋から更にアイテムを取りだして新しい話題を提供したんだ。

 それを聞いたリリアは、ハッと顔を引き締めて改めて居住まいを正し、俺の握る通信石とは違う鉱石に目を遣ったんだ。


「これは……ふむ。魔法エーテル石だな。原石を見るのは、私も初めてだが」


 そして彼女は、マジマジとそれを凝視しながらそう呟いたんだ。

 流石は魔王リリアとでもいうべきか。

 これを一目見て魔法石だと言い当てるなんて、本当に博識だなぁ。


「これがあれば、姿を変える事の出来るアイテムを作り出す事が出来るんだろう? いくらでも……とは言えないが、必要ならまた言ってくれればいい」


 これはマルシャンに頼んで用意してもらったものだ。

 勿論、マルシャンと言えども、何時でもこれを在庫ストックしている訳じゃあない。

 だが奴は、俺が要望した数日後には見事に仕入れて来てくれたんだ。

 まったくその厳つい容貌に反して、彼の商人としての才覚は大したもんだよ……まったく。


「それは何とも……助かる。遠慮なく、必要になったらまた用意してもらおう」


 そう言って俺を見るリリアの眼は、何だか眩しいものを見る様に眇められていた。

 そんな目で見られたら、俺としては何だかむず痒くなって居た堪れなくなる。


「す……すぐにでも、姿を変えるアイテムが必要になるかもしれない。出来るだけ早くお願いできるかな?」


 アイテムを開発……それが改良だったとしても、それがどれ程難易度の高い事なのか、それは俺でなくとも知っている事だろう。

 だから今俺が言った言葉は、何とも楽観的で無責任な物言いだったかもしれない。

 それでも。


「ああ、出来るだけ早くお前に渡せるよう、研究に取り組むとするよ」


 彼女は少しも嫌そうな顔をする事も無く、にこやかな笑顔でそう返答したんだ。





 それ以上その場に居続ければ、瞬く間にリリアの笑顔で絡め捕られてしまいそうな危惧を感じた俺は、感謝の言葉もそこそこに魔王城を後にしたんだ。

 まぁ俺には、やらなければならない事が山ほどあるからな。

 時間を無為に過ごす訳にはいかないんだ。

 そしてやって来たのは言うまでもなく……エレスィカリヤ村。

 そう、メニーナとパルネのいる村だ。

 村長とエノテーカと対峙して凡そ10日。

 彼等の考える時間は十分……とは言えないないが、それなりに答えが出たかも知れない。


「……早速、本題に入ろうかのぉ」


 エノテーカに長老宅へと案内された俺へ、長老は挨拶の言葉もそこそこにそう切り出したんだ。

 俺としても、互いの探り合いで時間を浪費するのはご免被る処だ。


「……で? メニーナの旅立ちを認めてやるのか?」


 だから俺も、長老の提案に乗って単刀直入にそう答えた。

 もうとっくに腹は決まっているだろうに、長老は俺の言葉を聞くと苦虫を噛み潰したような表情になったんだ。

 それを見ただけで、どの様な結論を出したのか聞くまでもないって奴だな。


「……此方としても言いたい事はある……あるのじゃが……。何よりもわし達は、お主に敗北した……。故に、こちらの女々しい言い分は無しとしよう」


 そう前置きする長老は、どこかを発する事を躊躇っている様にも見えた。

 そして。


「……メニーナの……村を出る事を……認める」


 正しく苦渋に満ちた顔で、長老はそう言い切ったんだ。

 俺としてはこの結果は、ある意味で想像通りだった。

 ただし、こうも早く結論付けてくれるとは思いもよらなかったけどな。


「ありがとう、長老……エノテーカ」


 俺は長老とエノテーカに、頭を下げて礼を言ったんだ。

 苦しい決断を下した後だろうが、そうして頭を下げられれば少しは気持ちも晴れると言うものか。

 長老たちの雰囲気は、幾分和らいだものへと変化していたんだ。


「メニーナとパルネを……宜しく頼んだぞ」


 そして漸く相好を崩した長老は、改めて俺にそう告げたんだ。

 それに俺は、力強く頷く事で応えたんだった。





「……長老……宜しかったので?」


「なんじゃ、エノテーカ。まだメニーナの事が心配なのかの? 気持ちは分からないでは無いが、メニーナの気持ちも考えればこれはいい機会かもしれぬからのぉ」


「……勿論それもありますし、俺も理解はしています。それよりも、メニーナはそろそろ……それにパルネも恐らく……」


「……ふぉっ!? そ……そうじゃったのぉ―――……」


「奴と……勇者と行動を共にすれば、きっと……」


「う……うむ……。その事は、次の機会にでも勇者に釘を刺しておく必要があるじゃろうのぉ……」


「……それが宜しいかと」


「じゃが、彼も人界の勇者じゃ。きっと正しく対処してくれるじゃろうて……。そう信じるしか無かろう」


「……そうですね」



                                                                      了

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続・俺勇者、39歳 綾部 響 @Kyousan

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