17_繋ぎ紡ぐ然れど至るは第三擬似臨界点
――尖兵『D型0015』及び『F型0022, 0023』の消滅を確認。そしてこの空の微かな兆候。王へと報告しなければならない。いよいよ趨勢が変わった。
王を守る城を築きながら、私は「透明ダコ」の出現を検知する方法を模索した。王にはその存在を感じ取れるようだが私にはできなかった。しかしこの場所にはどういうわけか『電気』が“成立しておらず”、高度な装置はまず実現できない。自分の頭の中の辞書には『鳴子』という人間の知恵が登録されていたものの、木や竹が見当たらない以上に、それを発展させた仕掛けでは思わしい成果が得られそうになかった。王から兵を賜り、改めて足元に意識を向けた時、ようやく次の一手を確立できた。
兵士たちに命じたのは『電球』の収集だ。やはり理解の及ばない事象ではあるのだが、色褪せた電球の中に“私が手にした時に再び光を灯す”ものがあった。もちろん電球のソケットには何の動力も繋がっていない。損傷している個体も多い。しかし、あるものは朧気に、あるものは遠くからでも視認できるほどに強烈に、フィラメント――“抵抗体”から光を放ち始めた。私はこれらを兵士たちの後頭部辺りに一つずつ埋め込んだ。兵は必ずしも巨大でなくともよい。例えば『シーソー』を模した打ち上げ台に、『グライダー』を模した小型の飛行兵を組み合わせる。私が高所に登れば、私の眼であれば、かなりの距離からでもその光は見える。奇妙に屈折し透過する透明ダコたちよりもずっと容易に補足できる。もし仮に遠くの地点に向かわせていた兵から光が消えたならば。他に脅威は考えられない。恐らくそこに透明ダコが現れ、その兵士は透明ダコによって消滅したということ。きっかけこそ王の合図に頼る部分はあったが、この仕組みは確かに成果を――犠牲を出した。
王と協力して私が生み出したものは、その形状から「兵士」と呼ぶべきものと「兵器」と呼ぶべきものに分けられる。それらには通し番号を割り振っていて、私はその全てを記憶している。そのようなことは得意だから。
自分の何倍も大きな廃材兵の手に乗って、城の周りに建てた監視塔の一つから降りた。
* * * *
王のもとに戻る前、私は一瞬足を止めて逡巡し、地下への階段を降りた。“記録室”へと向かうためだ。ノブを捻って飾り気のない人間サイズの鉄ドアを開ける。机の代わりに腰の高さほどで曲げた板の上、小さな端末と、ほぼ完全な形をしたパイプ椅子の背もたれが私を迎えた。あとは天井に固定した電球が一つ。それ以外には何も無い最小限の部屋。
この端末は恐らく奇跡的な確率をくぐり抜けて私のところへ現れた。生産数や時間の幅、未検証の要因はあれど、この地に眠る人工物に成立時の完全な姿を保ったものは少ない。電球と同じく何か意味や意思を持ったようにその機能を示すものはあるが、例えば私の年代以前のコンピューターが一式で見付かるかと言えば可能性はゼロに近い。透明ダコに対抗するための資材を探す中で偶然に手に入ったのがこの端末だった。「キーボード」――人間の指で扱える入力装置に、「スクリーン」――その結果を見せる小さな四角い枠。それから「メモリ」――数値表示を確認する限りでは僅か『128KB』の記憶装置と簡易な演算装置を兼ね備えたそれは、調べた限りではテキストファイルを扱う機能しか持たない。必要なはずの“乾電池”を要求しようとはせず、健気に入力を――私に何かを書き残せと、そう訴えかけるようだった。
≪変換器のこと≫
端末の操作を始めると、過去に作ったテキストデータのタイトルの一つが目に留まる。この端末を見つけた時、まず私は自分の身体に備わる端子とこれを繋ぐことで思考を直接書き込めないかと確かめた。だが一番古い端子の規格でさえこれと接続するには新しすぎると分かり、次に“変換器”を探そうとして、頭の中で並列検索した結果が示す時間の隔たりに当惑した。しかしそこでふと思いを巡らせる。「変換アダプター」や「変換ケーブル」と呼ばれる道具は、人間たちが生み出した規格と規格――時代と時代を繋ぐ存在なのだ。ある時代ある地域で画期的な製品が発明されて世の中に広まり、その形式が『規格』となる。後発品は新たな規格を携えて登場し、やがて主流は次の規格へと置き換わる。新旧どちらも扱える互換性はあれど、その狭い市場に――規格と規格の間で両者に手を伸ばしてくれるのが変換器/変換装置だ。規格同士を繋ぐケーブルの形。両端子だけを備えた小さな結晶の形。やがてそれらの全てが忘れ去られてしまうとしても、その在り方は人間の歩みに寄り添った一筋の営みのように思われた。この場所で私と端末を繋ぐことこそ叶わなかったけれど、いくつか見つかった旧規格の変換器たちはやはり懸命に、皆で一本に、何かを繋ごうとしているように感じた。……というような“とりとめのないこと”も、私の平凡な文章でこれに記録させた。他の主な記録はこの世界と透明ダコ、それから王のことだ。
……
≪自然物の行方≫
≪投石物への反応≫
≪体積と質量の試行_02≫
……
≪信じがたい客人≫
……
パイプ椅子の背もたれに手をかけて静かに座り、向き合う。この端末に人間用のキーボードがあるから、私に人間と同等の手があるから、私はこれに入力ができる。この記録は誰に見られることもないのだろうが、もしかしたら“次の私”に相当する何かがこれを見つけて役立てるかもしれない。――あるいは、人間が「日記」に期待したものと同じなのかもしれない。
新しいテキストデータのタイトルは ≪戦況の変化_03≫ とした。
記録ができるのはこれが最後になる可能性もある。しかしあまり時間は無い。ハルカさんたちが城の裏手から逃げられたことは王から聞いているが、彼女たちの安全が気がかりだ。今回は手短に要旨を記録しておこう。撃退を重ねたことで恐らく彼らは次の段階へと攻勢を強める。
* * * *
「王、戻りました。報告があります――」
イデアの海 kinomi @kinomi
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