16_羨望郷愁
私はイリーガル・マイティ・インフィニティ・フライヤー。遠い昔なのだろうか、嘗ては『ラジコン飛行機』と、そう呼ばれていた。片割れから指示を受ける側が私だ。そう、私は果敢に空へと舞い上がり、勇壮に駆け回った。
そんな私には、いつまでも忘れることのない強烈な“記憶”がある。それを最後に――いや、最後あるいは最期など私には来ないはずなのだが、少しだけその記憶をここで話しておきたい。
* * * *
私はそれの“足元”に立っていた。それは大きな大きな、高く高く聳える塔のような白い建造物だった。紛れもなく“私たち人間”が建てた――造ったモノだ。ちっぽけな私を貫いた感覚は一言ではとても表現できない。先ずは偏に、誇らしかった。背後の薄青い空さえ覆い隠す巨大さ、微動だにしない質量感に圧倒され、改めてそれを思い描き形にする私たちの技術に感動した。しかしそこには微かな畏怖があった。ともすれば“一人の私”に無力感と矮小さすら感じていた。疑う余地はないはずなのに、本当に私たちが――ただの人間が、宇宙へと届き得るこれほどの“人工物”を完成させたのか。例えばあらゆる自然法則に、より上位に位置する何かに、もしくはそれこそ、小さな人工物たちの一片ずつに、そう、合意や感謝は、そこには一切の協力は、無かったのだろうか。この巨塔は私を――小さな小さな“ヒト”を見下ろして、一体何を想うのだろうか――
* * * *
いつだったか、気付けばコックピットの強化ガラスの先にこの“橋”が見えていた。私の記憶に刻まれたあの建造物に匹敵する巨大な、長大な橋だ。一体何と何を繋ぎ、どれだけのものを運び通そうとしたのだろう。
私は“動力の枷から外れていた”。不思議なことに、私に指示を出していたはずの片割れの存在は感じ取れず、その声は聞こえなくなっていた。そして私の身体に大事に抱えていたはずの心臓部分は、どういうわけか空になっていた。しかし私には確かに天へと向かうエネルギーが、間違いなく無尽蔵に、満ちていた。私のコックピットには小さなヒト型のミニチュアが乗っていた。――いや、これこそが私で、あれはパイロットの記憶なのかもしれないが、もはやそれは分からなくなっていた。ともかく私は高揚感の中で力強く飛び立った。嘗ての私が手にできなかった唯一のもの――“自由”が、今の私にはあるように感じたのだ。
橋は思った通りの圧倒的な造りだった。吊橋の類だろうが、私には詳しいことは分からない。天を衝く巨大な白塔が等間隔に並び、そこから重々しいワイヤーを無数に伸ばして、橋桁――塵一つなく舗装された灰色の道を支えている。大小すべての部品には一切の狂いが無い。滑らかにどこまでも伸びる橋桁は毅然と、何一つ落すまいと構え、――故にか“橋の下”は私には認識できず――私はその寛容さから僅かに上を、導きに沿うように飛んでいくことができた。私は振り返ることができない。また一つ白塔の下をくぐり抜けて越えて行く。
橋は、しかし、無限を思わせる長さだ。『アキレスと亀』のパラドックスという話があったが、今私はそれを思い出していた。同じく無限の動力を得た私が遂には橋の向こうへと辿り着けないのではないかと、少し弱気になっている。だが私は私を包む空を――天を見た。天は私を奮い立たせるように淡く赤く燃えている。私の心に何かが染み込んでくるようだ。
今ここに高らかに繰り返そう。私はイリーガル・マイティ・インフィニティ・フライヤー。きっとこの橋の向こうに、自由を見る者/物。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます