4.祖母のミシン

実家の祖母が亡くなり、祖母の遺品を整理することになった。

祖母の部屋には懐かしい物がたくさんあったが、私は祖母のミシンを引き取った。

子どもの頃、私は祖母のミシンの音が好きだった。

祖母のミシンの音が鳴ると、たちまちスカートやワンピースが生まれ、子どもの頃のわたしはできたばかりの服を着て、幸せな気分に浸るのだった。

祖母がいなくなり、部屋中にうっすらと埃の層ができていた。

祖母のミシンも例外ではなく、指先で触れると跡がついた。

それは古いミシンだった。

よく見ると、埃だけでなく、細かな錆がそこら中に貼り付いていた。

私がミシンに手を触れたり手を離したりしながらその場で考え込んでいると、母がやってきて「どうするの?」と急かしてきた。「もう古いんだから、持って帰ってもしょうがないんじゃない?」

「ちょっと待ってよ」と私は言い、電源プラグをコンセントにつないだ。

「もう少し試してみる」と私は言った。

電源を入れると、祖母のミシンは音を立てた。

ペダルを踏むと、針が動いた。

「これ、まだ使えるよ」と私は言った。

私はそのまま祖母のミシンをしばらく触り、ミシンの動作を確認していた。

強弱をつけてペダルを踏み、針の進む速度を確認し、ボビンの回転を目で追った。

全てはなめらかに動いていた。

全ては、記憶の中の祖母のミシンと同じ動きをしていた。

そうしているうちに、私は、時間を忘れて祖母のミシンを動かしていた。

いつしか、祖母のミシンは祖母そのものなのだと思い至った。

祖母の愛した祖母のミシン。

そこには当時の最新型AIが搭載されている。

AI、より正確に言えば裁縫特化型自律学習エンジンを搭載したそのミシンは、生きていた頃の祖母のリズムを完璧に記憶している。

裁縫特化型自律学習エンジンは、祖母と全く同じリズムで糸を通し針を落とし、ボビンを走らせ布を縫った。

裁縫特化型自律学習エンジンが織りなすミシンの音を聞きながら、私は、生きている祖母の姿をそこに見たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る