第46話 王子の贈り物
エルフの血というのは案外使える。
容姿が華奢で中性的なので、ちょっと化粧をするだけで女性に見えるのだ。
この姿を見ても普通ならケイネスティだとは思わないだろう。
妹にはすぐにバレたけどね。
「えっ、本当にケイネスティ様ですの?」
俺は黒髪のフェリア姫に近寄り、じっと顔を見つめる。
「どうですか、覚えていらっしゃいますか?」
俺は念話鳥をバンダナに戻し、鞄から文字板を取り出して書く。
その文字と黒いペンを見てフェリア姫は「まあ」と驚き、顔を少し赤らめた。
最後に会った時、俺は彼女にキスをしてしまった。
その記憶が蘇ったのだろう。
俺もちょっとドキドキしてしまった。
でもそんなことで時間を無駄には出来ない。
「今日はアリセイラ姫にお祝いをお渡ししたいと思って来ました」
俺はそう書いた文字板を見せ、テーブルの上に特大のケーキを取り出した。
チャラ男に教えてもらった女性向けの美しくて美味しそうな飾り付け。
しかも全部食べられる材料で作られている。
「わああ」
アリセイラだけじゃない。 女性たちは皆うれしそうに頬を緩める。
「ネス。 急げ」
クシュトさんが側に来てコソッと声をかけて来た。
俺は頷き、手早く文字板に書く。
「アリセイラ姫、フェリア姫、本日はこれで失礼いたします 」
生きていれば、またどこかで会えるだろう。
王子は唯一の味方である妹を、親愛の情を込めて抱き締める。
「幸せにおなり。 ロイ殿下ならきっとうまくやれるよ」
そっとアリセイラに文字板を見せる。
「え?、お兄様。 ロイ様にお会いになったのですか!」
頬を真っ赤に染めた妹を見て、幼くても相手を想っているのが分かる。
妹の問いには答えず、王子はただ微笑む。
俺はすぐに王子と入れ替わり、フェリア姫の前に立つ。
「こんな姿は本当はあなたに見せたくはなかったけど」
文字を書きながらも、女装姿が恥ずかしくて顔が赤くなる。
「お元気そうで本当に良かった。 またお会いできてうれしいです」
妹の前で抱き付くなんて出来ないけど、握手をする。
固く、想いを込めて握り締めた。 そして、最後の文字を書く。
「さようなら」
彼女にまた会える可能性は低い。
それでも笑顔を向けて、俺は魔法陣を発動した。
俺の目には、うれしそうに微笑んだ彼女の顔が焼き付いた。
排水溝に戻って来た。
さすがにここでは着替えられないので、コートを羽織って排水溝から出る。
川を渡り、道に出ると真っ直ぐに貸し馬車屋を目指す。
「いらっしゃー、い?」
俺が店に入ると若旦那が出て来たが、一目見て固まっている。
にっこり笑って「お久しぶりです」と急いで出した肩の鳥がしゃべる。
「ふぇ?」
ササッと奥の部屋に入り、ドレスを脱ぐ。 自分に<洗浄>をかけて化粧を落とす。
「おお、坊やじゃん。 久しぶり〜」
普段着に着替えて改めて挨拶をする。
「昨夜は馬小屋を貸していただいて助かりました」
「いやいや、それくらいいいよ」
と言いながら、若旦那は俺の口が動かず、鳥がしゃべるのを不思議そうに見ている。
このまま夜中までここで待機の予定だったが、マズイ状況らしいので早めに退散しよう。
自宅のほうから出て来た奥さんと幼い女の子に笑顔で手を振り、馬小屋に入る。
「またいつでも来いよ。 馬たちも寂しがってるぞ」
ついて来た若旦那に、
「私が今住んでいる土地の名産です。 良かったら馬たちにも食べさせてやってください」
と、俺はお土産のリンゴが入った木箱を取り出し、床に置いた。
一つ手に取り、黒い老馬に食べさせる。 うれしそうにシャリシャリと口を動かす馬面を撫でた。
「元気でな」
そして若旦那にも手を振って魔法陣を起動した。
「ふう」
戻ったのはノースターの領主館の自分の部屋だ。
昨夜は良く眠れなかったので着替えてベッドに潜り込む。
幸い夢も見ず、起き出したのは夕食の時間だった。
三日後に戻って来たクシュトさんに、その後の様子を聞く。
「まったく、困ったやつだ。 後始末は全部こっちに押し付けやがって」
どことなくニヤッとしているのでうまくいったのだろう。
とりあえずは、アリセイラの友人に強引に頼まれたということにしたそうだ。
大きなケーキは証拠隠滅のため、眠らされていた者や追い出された者たち皆で美味しく完食したらしい。
フェリア姫も喜んでくれたそうで俺もうれしい。
デヘッと笑ったら、クシュトさんに気持ち悪いと言われた。
きっと、俺たちの幸せはその日が頂点だったのだろう。
ノースターの平和はそんなに続かなかったのだ。
俺と王子がこの土地に来て五年目の夏。
唐突に、いや、きっとくすぶり続けていたものが表面化しただけなのだろう。
王都から国軍と共に一通の手紙が届く。
「謀反の疑いにより、領主としての身分を剥奪する」
国軍の代表は、俺にその書状を突き付けた。
「そんな馬鹿な!」
怒り狂う眼鏡さんを押し留める。
「猶予は三日だ。 直ぐに館から退去のご用意を」
俺は頷き、応接間を出る。
こんな日が来ることは薄々分かっていた。
王宮で国王の命令は絶対かというと、そうでもない。
その周りには多くの貴族や側近、文官、騎士に魔術師。 そういった者たちの同意が得られなければ、政(まつりごと)は上手くいかないのだ。
王子の謀反の疑いなど、捏造しようと思えばどうにでもなる。
不満を持つ誰かが大多数を味方に付けるだけで、犯罪者は作られていく。
『早かったな』
「ああ、そうだね」
俺は寝室に戻り、鞄に着替えを押し込んだ。
あとは何が欲しい?。 何を持って行きたい?。
魔導書を手に持ち、しばらくの間、ただじっと眺めていたのは王子だったのか。
「ケイネスティ様!」
眼鏡さんが部屋に飛び込んで来る。
俺の鞄を見つけると、あの宝箱を押し込んだ。
「これは王子様の物ですからね!。 あいつら、中身が空っぽだと思って持ち出しを許したんですよ。
ノースターの予算が全て入っているとも知らずに」
狂った様に大声で笑う眼鏡さんを、従者のように付いて来た元職員のお兄さんが不安そうな目で見ている。
俺はそのお兄さんを手招きする。
念話鳥を起動し、お兄さんにメモを取らせる。
お世話になった町の皆に、迷惑をかけることになる隣領の領主に。
そして呆然としているお兄さんに後を任せる。
「わ、わたしですか?」
「あなたしかいませんよ。 パルシーさんは私用に宰相様が付けた執事ですから。
私がここを去れば、当然、彼も去らなければなりません。
彼はそのためにあなたに厳しく教えて来たはずですよね」
ガストスさんもクシュトさんも王子の家臣であって、ノースター領主の私兵ではない。
当然、彼らもここを去るか、仕事を引退することになるだろう。
もう守るものが無くなるのだから。
「そ、そんな。 それじゃあ、この領地はどうなるんですか?!」
「あなたのお好きなように。 私は、国に対して謀反の気配があると、誰が届け出たかを知っています」
目の前のお兄さんが崩れ落ちる。
「わたし、わたしは」
「いいから、すぐに引き継ぎに移りなさい。 私の最後の命令です」
眼鏡さんとお兄さんを強引に部屋の外に出す。
そうだ。 こうなる事は予想していた。
眼鏡さんは「自分の指導が悪かったのだ」と落ち込んだが、それは違う。
これはこれで良かったのだ。
何も知らずにこの日を迎えるより、あのお兄さんが国に訴えた事を知って、すぐに対策出来たのだから。
三日の猶予を、俺も王子も待つつもりはない。
そして、鞄の中の眼鏡さんが突っ込んだ宝箱に触れ、領地の予算分を吐き出す。
ジャラジャラとお金が山のように現れた。
「これだけあれば次の領主が来るまで持つでしょう」
今まではノースターの税金は王子の資産と差し引きされていたが、これからは住民が負担していく事になるだろう。
これは俺と王子からのノースター領への最後の贈り物だ。
残った王子自身の資産と、予め溜め込んでおいたモノを持って、俺たちは旅立つ。
「今度こそ、俺たち二人っきりだな」
『ああ、それもまた良しだ』
窓の外には夕闇が迫りつつあった。
大切に育て、今年また増やしたリンゴの木が見える。
私兵たちの数だけ増えた馬たち。 何もなかった平原が開墾された穀倉地帯。
町はきれいに整備され、建物も石畳の道も美しい街並み。
「俺たち、がんばったよな」
しんみりと窓の外を眺めていると、突然王子が、
『ケンジ、私から君に贈り物がある』
と言った。
「え?」
王子は大切そうに一枚の魔法布に描かれた魔法陣を取り出す。
<変身>
王子が発動した魔法で目が眩んだ。
『ケンジ、鏡を見ろ』
俺は言われるままに衣装部屋の鏡の前に立った。
……声が出なかった。
そこに写っていたのは黒髪に黒い瞳の、王子と顔形は多少似ているが、日本人の俺の姿だった。
「王子……、どうして」
『私は君のお陰で生きて来れた。 魔術の勉強やアリセイラを喜ばせる事も出来て、楽しかったよ。
次は君の番だ、ケンジ。 君も思うように生きてみればいい。 今度は私が君を助けるよ』
王子としてではなく、一人の青年として生きる。
「あ、ありがとう」
涙を拭いて、たった一つの鞄を持つ。
俺は転移魔法を発動した。
その後、ノースター領は再び国王の直轄地となった。
前領主であるネスティを謀反人として指名手配しようとする動きもあったが、証拠が無いとして却下された。
今も町にはリンゴの木が溢れ、皮ボールを追いかける子供たちの明るい声が響いている。
~完~
二重人格王子Ⅱ~異世界から来た俺は王子の身体に寄生中~ さつき けい @satuki_kei
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