1-2 笹尾の場合


 東京近郊には2つの空港が存在する。『東京空港』と『東都国際空港』だ。

 1930年代に民間の空港として東京湾沖に建設された東京空港だったが、戦後の景気回復や高度経済成長期になると、それまで高嶺の花だった航空機も一般の人々が利用できるようになったことで増える需要に耐え切れなくなった。それに拍車をかける形で国際線の就役も増加し、東京の空は着陸待ちの飛行機が常に旋回しているという事態に頭を悩ませた政府は、千葉県の国有地に東都国際空港を建設した。

 当時こそ『国内線は東京、国際線は東都』といった住み分けがなされていたものの、東京空港の滑走路増設や東都空港の建設反対運動による工事の遅れなども重なって住み分けは殆どなくなっていったのだが、そういった理由や、根本的に双方の名前が似ていることから「似ていて紛らわしい」「間違えやすい」と言われるようになり、しかし法律とか色々な都合で名前を変えるわけにもいかず、今日まで『東京空港』と『東都空港』は混同され続けた。


 私がタクシー業界に入った頃、武勇伝話が大好きな先輩から「東京空港と東都空港を間違えるようなアホを運んだ」「予定の便に間に合わせることができた」と聞かされた覚えがある。

 とはいえ、当時の私は先輩の胡散臭い話など頭の片隅にも覚えておこうとは思わず、そんなの都市伝説かなにかだとしか思っていなかった。

 ・・・のだが、都市伝説ではなく本当に間違える人が実在していたとは驚きだ。しかもその人は、今、私の後部座席に座っている。


 「東都空港、ですか?」

 もしかしたら聞き間違いかもしれない。そう思った私は、バックミラー越しに後部座席に腰掛ける彼女に尋ねた。返事は「そうです、急ぎでお願いします」だった。

 さらに彼女は、やっとカバンのソコから見つけ出したハンカチで額の雨をぬぐいながらこんなことを言った。

 「東都空港16時発の便なんですけど、間に合いますか?」

 左腕につけている腕時計には14時01分と表示されていた。

 念のため言っておくが、16時発の便ということはその約30分前には搭乗案内が終わる。丼勘定だが、つまり東都国際空港には15時30分までにたどり着かなければいけない。ということは・・・

 (東都空港まで90分を切っている、か・・・)

 道路の混雑状況にもよるだろうが、空港連絡のリムジンバスを使った場合では90分での到着は到底不可能だ。必ず120分はかかる。電車ならそれ以上かかる。その道を90分以内となるとちょっと厳しいどころの話ではない。そりゃあ『速度超過も辞さない速度で』『渋滞にハマらなければ』間に合う可能性はある。

 が、あくまで可能性だ。これで間に合わなければ、場合によっては賠償とか面倒なことになりかねない。それだけはごめんだ。

 というか、こんな私でもタクシードライバーだ。運輸業に携わるものとして、法や安全を軽視するようなことだけはあってはならない。だから『乗車拒否』をすることだって出来る。主に酔客などに対し使う乗車拒否だが、今回はそれを使っても会社から咎められる内容ではないはずだ。そうだ、断ろう。ちゃんと搭乗券を確認しなかったお客さんの責任だ。私に一切の罪はない。そう思い後部座席を振り返って―――


 「高速道路が混んでなければ・・・2万円越えちゃいますけど、大丈夫ですか?」

 「・・・はい!!お願いします!!」



To be Continued.....??

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Infrastructures. 天王州 雫 @tenousu_a001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ