2話 ワンダーランド2

ワンダーランドの住民の仕事は、大雑把に分けると3種類に分けられる。


失われた技術の再発見を目指す研究。

崩壊した市街地から資料や資源となりうる物を回収する探索。

再発見された技術を使いプラントを使わず生産、労働する奉仕。


比率としては奉仕が一番多く、次に高等教育を受けたごく一部のエリートが研究に割り当てられ、悪魔と契約したキャストや資質を見出され戦闘訓練を受けた特異な人間が探索にてセンヨウ荒野の瓦礫を亀のような歩みで開拓している。


当然のことながら開拓が進めば進むほど防衛線は円の形に伸びるため、初期に比べると開拓の速度は鈍っているのが現状である。


閑話休題。


タクマはこの三種類の労働の内、奉仕に分類される労働をこなし生活している。

彼の奉仕はプラントによらない生産、つまるところ農業であった。


「つーか先生、農業ってのはじゃんじゃん水使うわけですよね。言われたとおりに種植えてるけど、なんでなんですか?」


「いま育成している物のほとんどは油を取る為に実験的に生産が決まった種類です。オリーブや菜種など、油が取れそうなものを片っ端から育成してみて、生産効率の良かったものを燃料用に選別していくという計画のようですよ。」


「博打かよ……」


タクマが先生と呼ぶこの人物は、研究を専門に行うエリートの一人である。

タクマは彼ら研究担当の人間に指示を受け、助手として実際の作業を行う肉体労働担当の奉仕者であるのだ。


先生は質問すれば答えてくれるし、さほど無茶な労働を強いる人物ではないのだが、いつもニコニコしているのと、時折中空をみて何やらブツブツと会話のような独り言をこぼしたりするので正直な話、あまりお近づきになりたくはない人種なのだが、年齢が近いせいかやけに気に入られて彼の家に住み込みで働いているのが現状である。


研究担当のエリートは皆額にあやしげな逆三角形の金属を貼り付けており、理由を知らないタクマ達奉仕を主な仕事としている市民はロボトミー手術でも受けているんじゃないだろうかと陰で噂していた。そして、先生も他の研究担当と同じく額に逆三角形の金属を貼り付けている。

彼には何度か理由を聞いたのだが、秘密ですの一点張りで理由は今もって謎のままである。


「そんなにこれが気になるのであれば、タクマも研究職を目指してみると良いのではないですか?こうして私の助手を務めてもらってますし、その気があるのなら幾らでも指導してあげますよ?」


クリップボードに挟まれたファンシーな紙(おそらくプラント産のレターセットの一部)に与えた水の量や生育状況をメモしながら、先生がタクマを勧誘する。


「何度も言ってますけど、その気はないですよ。別段今のままでも十分食べて行けますし、研究も今じゃほとんど兵器の研究ばかりだって言うじゃないですか。

 油の生産っていうのも、生活の為というよりかは闘う道具の為っていうのが本音じゃないですかね。キャストと違って、探索組に渡ったその道具が自分に向かない保障ありませんもん。」


 偶にワンダーランドで見かける厳つい探索任務担当の人間を思い出しながらタクマは首を振る。資質を見出されたといえば聞こえはいいが、ようは暴力を振るう事に躊躇がない、振り切れた精神性を持つ人間の集まりである。

 ワンダーランドの法の番人であるキャストは実績があり信用できるが、粗暴な空気を纏う彼ら探索組がどこそこでいざこざを起こした、という噂は偶に聞くことがあった。

 そんな彼等の武装を強化する事は、キャストと彼等の武力の差を縮める事に他ならない。治安の乱れはコミュニティの破滅への道に繋がりかねないのではないだろうか。


「ええ、正直、よくない傾向ですよ。ワンダーランドの生産力はこれといって上がっていないのに、領地と市民だけがゆっくりと膨らんでいるんです。

 それを理解できている君だからこそ、今の内に研究職について欲しいんですよね。いずれ口実を作って棄民政策が執られる可能性もあります。」


「ちょ、待って待って!」


 いきなり完全にアウトな話をし始めた先生にタクマは慌てて周囲を見渡す。

 彼の研究用ビニールハウスとはいえ、水などの利便上他の農業実験施設とそう距離は遠くない。あまり大きな声でこんな事を話せば誰かに聞かれるかもしれない。


(これだから先生は怖いんだよなぁ。俺の発言には注意をするくせに、割かし毒舌なんだもん。)


「大丈夫ですよ、研究職の人間なら皆考えるであろうことです。実際、水の供給が増えない以上生産も現状では頭打ちなんですよね。

 そうなると、どのような手段を執るかは別としても、人口を抑制するより他に解決策はありません。」


「ワンダーランドの水関連設備って、増やせないんですか?」


 少し声を潜めて、タクマは質問した。


「遺憾ながら、今の私達がそのノウハウを獲得するのはまず不可能ですね。プラント自体は自己メンテナンス機能を使って騙し騙し使えば何とかなりますが、生産する材料を入れる供給口の大きさまではいじる事ができません。

 供給量が増やせないのでは、当然生産量も増やせません。

 どうしてもメンテナンスに必要な部品の冶金も、キャストの力と職人の技でどうにか誤魔化しながら維持しているのが現状です。これ以上は他から発掘してくる可能性に賭けるしかないですね。」


 だが、その発掘に必要な荒野の探索も防衛線の拡大に耐え切れず頭打ちなのである。


「詰んでるじゃないですか。」


「でしょう?」


 そこ、笑うところじゃないよ先生。タクマは頭を抱えた。

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カントースカヴェンジャーデイズ @yasuhico29siki

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