憎しみは空に、悲しみは地上に。

 第一話で感じたとおりの素晴らしい作品でした。
 地の文に癖がなく読みやすかったです。
 空戦の連続なのですが、戦況の進行・変化に物語が連動しているので飽きが来ません。

 テーマといっていいのでしょうか。埋葬のシーンを繰り返すことで「死者→土」というイメージが強調してあるように感じました。
 飛行機同士で戦う空の上では、ともすれば人の命や死は不確かで希薄なものになってしまう。それをアリスの存在、あるいは彼女と4人の間に交わされる手紙が地につなぎとめている。それによって命と死についての濃厚で詩的な議論が成り立つ。アリスの物語上の役割はやはりそこにあるのかなと思います。

 僕はリチャード・ハウ&デニス・リチャーズ『バトル・オブ・ブリテン―イギリスを守った空の決戦』を読んで当時の状況を多少勉強したことがあります。草地の飛行場、畑への不時着、不時着機や脱出した飛行士に群がる地元住民たちなど、イメージしていたのと同じような情景が登場するのも魅力的でした。阻塞気球とかゆで卵もいいですよね。
 当時のパイロットたちの手記をベースに書かれたとのことで、通信用語やコクピット描写のリアリティも圧巻。特に高高度でのキャノピーの結露の描写が印象に残っています。
 非常馬力(緊急出力・WEP)の操作や機銃ボタンの安全リングなど、初めて知ったこともたくさんありました。マーリンのキャブレターの説明も面白かったです。