第38話 産まれてきてくれてありがとう

 それから僕、赤瀬晶は幸せに暮らした。そう締めくくることができれば良いのだろうけれど、人生は長い。まだまだ終わらない。


 秋が来て、冬が来て、春が来た。


 春のはじめに……つまり、僕が皆と会って一年後、また家を移ることになった。知瑛子さんと、彼女の娘、ちづるちゃんが東京へ引っ越してきたからだ。最初はマンションをもう一部屋借りようという話になっていたのだが、最終的にはやめた。


 いままで住んでいた二つのマンションから、一軒家へ引っ越すことにしたのだ。


 ちょうど、安く一軒家が売りに出ていた。ちょっと借金をすることになるが、全員でお金を出しあえば買えなくもない。これには覚悟が必要だった。賃貸であればすぐにでも関係を解除できるが、一軒家を買うとなると、そう簡単には関係を解除できなくなる。しかし、決断は早かった。


 僕たちは一年ほど、同じ時間を過ごしていた。知瑛子さんやちづるちゃんとも、休みの度に会いに行った。皆、いい人だった。ちょっと変である。普通ではない。でも、いい人なのだ。だから、皆で暮らすことに、なんら支障はなかった。

 

 そういうわけで我が家を得た。ちょっと古い木造建築だが、数年前にリフォームされており、キッチンやトイレ、風呂なども最新式のものだった。一階には居間と、洋室と和室。二階には洋室が二部屋。三階にも洋室が二部屋……。ちょっとした庭もあって、職場、つまり千羽さんの働いている店にも近い。そんな家が格安で買えたのは、もとの所有者である老人が、その家で変死を遂げていたからだ。まあ、そういう裏話は、どうでも良いとして……。


 まあ、そんな感じで、僕たちは幸せに暮らしている。


 ……子供も、生まれたし。


 名前は暁子。

 赤瀬暁子。

 つかさちゃんがつけてくれた。

 素晴らしい名前だと思う。


 。男性のことは、特に好きでもなんでもなかった。たぶん、いまでもそれほど好きではないと思う。どちらかといえば女性のほうが好きだ。それでも、環さんでもなくつかさちゃんでもなく、僕が最初に千羽さんの子を産んでしまった。不思議なものだ。まあ、そういう不思議なこともあるのが、人生というものだろう。


 とにかく暁子が可愛くて仕方がない。産まれるまでは、ずっと心配だった。僕なんかが母親になれるのかと思った。子供に愛情をもてるのだろうかとも悩んだ。それでも杞憂だった。子供が泣いていても、笑っていても、自然と笑顔になってしまう。僕は案外、普通の人間なのだな、とも思った。

 

 子育てはとにかく大変だ。疲れるなんてものではないが、すでに子育ての経験がある知瑛子さんに助けられて、なんとかこなせている。環さんもつかさちゃんも、それにちづるちゃんだって助けてくれる。たまに千羽さんも。僕ひとりでは子育てなんて無理だっただろう。


 休みの日には、皆で近所の自然公園へ散歩に出かける。穏やかな日差しを浴びつつ、皆でブルーシートに座り、お弁当を食べながら、談笑をする。こんな幸福が、いつまでもつづいてほしい、と思った。


 僕は、かつてほど考える時間がなくなってしまった。

 暁子と一緒にいると、考えている暇なんてない。


 いまでは、悩みつづけていた過去の自分が懐かしい。

 

 過去の僕に教えてあげたい。きみは、きみのままで良い。ちょっと普通ではないけれど……。変なやつだけれど……。でも、それくらいのおかしさは、この世界にありふれているんだ。

 ほんの少しの勇気とやさしさで、道は開ける。


 最後にひとつだけ……。

 

 暁子、産まれてきてくれてありがとう。

 たぶん、生きていれば辛いことがたくさんあると思うけれど。

 諦めなければ……。

 誰かのために生きていくことができれば……。

 きっと、幸せに生きていけるんだと思う。


 皆が幸せに生きられるように、僕は精一杯生きていくつもりだ。


 これからも……。

 ずっと……。

 いつまでも……。


(了)

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