124 涙は心の汗です

「僕は、ノワールとシエナを探しに行きます! 師匠は先に行ってて下さい!」

 

 朝食後、止める間もなく、アールフェスは飛び出して行ってしまった。

 彼女が心配なんだなぁ。

 だけど、あてがあるの?


「アールフェスの奴。目算もなく当てずっぽうに動くのは、騎士のすることではないというのに」

 

 俺の内心をパリスが代弁してくれる。

 

「どうします、パリス様。下手に動くと、皆バラバラですよ」

 

 アールフェスを追い掛けるのも、面倒くさい。

 そんな気持ちは表情に出さず、パリスを見上げて聞いてみた。

 この場は一番年長のパリスに判断を任せるぞ。

 パリス、君に決めた!

 

「……うむ」

 

 パリスは顎をさすり、しばし黙考した。

 

「山中はフェンリルがうろついているが、危機は乗り越えてこそ意味がある。これもアールフェスの試練だ。我々は予定通り、レイガスに向かおう」

 

 よっし。

 エリカも小さくガッツポーズをしている。

 

「もう歩き疲れて、くたくたよ。竜で、そのレイガスという街に連れて行ってくれるわね」


 おっと。この流れだと、俺も一緒に竜で移動することになるのかな。

 兄たん達、置いていっちゃう?

 ……。

 今の俺は小さい子供。仕方ないっか!

 

「そうですね、姫の仰る通り、レイガスへは竜で移動します。しかし、その巨人は運搬できません」

 

 一行の視線が、ぬぼーっと突っ立っている巨人マグナに集中した。

 巨人は、会話を理解しているのか、していないのか。

 小首を傾げている。


「……そうね。ここでお別れよ、マグナ」

 

 エリカは、巨人の前に歩み寄った。

 

「あなたは、もう自由。今まで私の護衛、ご苦労様でした」

「ぐぅー?」

「ふん。相変わらず愚鈍ね。気の利いた返事くらい、したらどう?」

 

 お姫様の言葉は辛辣だ。

 

「私がいなくなって寂しいとか、いなくならないで欲しいとか、言ってよ」

 

 それは君の気持ちじゃないかな。

 だってほら、紅榴石ガーネットみたいな瞳から、秋の雨のような涙がこぼれてる。


「わ、私は泣いてなんかないわよ!」

 

 エリカは、ばっと振り返って、俺とパリスを交互に睨んだ。

 

「存じ上げております、姫君」

 

 パリスは苦笑して言う。

 俺もうんうん頷いた。

 

「心の汗だよね。ところで、ハンカチは要る?」

 

 アールフェスが置いていった荷物の中から、勝手にハンカチを拝借した。

 お姫様は「ずびーっ」と豪快に鼻をかんだ。きっと洗って返してはくれないだろう。

 頃合いを見計らってパリスが号令をかける。


「さあ、レイガスに出発するぞ!」

 

 俺達は、パリスの竜ワイルドに乗り込む。

 ワイルドは、年代物の板金鎧を着こんだ青い竜だ。尻尾の先が欠けているが、それは昨日あたりに兄たんが強制的に徴収したせいだ。竜の尻尾は美味いんだぜ。

 犯行の一部始終を目撃していた青い竜は、俺を見てビクビクしている。

 主のパリスにばらしたら、残りの尻尾も切り取っちゃうからな!


「さよなら、巨人マグナ

 

 エリカは竜の背から、巨人が豆粒のように小さくなるまでずっと、地上を見ていた。

 巨人もその場から動かず、エリカの出発を見送っているようだった。




 

 ワイルドを先頭に、 西華山脈ウェスピアの竜達は、雁の群れのように群体をなして飛ぶ。

 めったに見ない竜の大移動に、地上の人々は何事かと空を見上げた。

 空に関所はないので、竜達は国境を軽々と越える。

 俺達は丸一日かけ、レイガス市の火山に辿り着いた。

 

「ギューギュー♪」

「暑くて素敵な場所だ。もっと早く引っ越してくれば良かったと、竜達は言っている」

 

 大地に降りるなり、首を上げ下げして謎のダンスを踊る竜達の言葉を、パリスは翻訳してくれた。

 そうかー、そんなに新天地が気に入ったのか。

 先住民の竜達とも仲良くやれよ。

 西華山脈ウェスピアの竜が持ってきた卵を温め始めたのを見届けて、俺達は火山のふもとの街に降りた。

 ひっさしぶりだなー、レイガス。

 南の国だけあって、陽気で明るい雰囲気の街だ。

 ティオ達はどうしてるだろう。


「あーっ、あの屋台の食べ物美味そう!」

 

 前には無かった屋台が増えている。

 むちゃくちゃ良い匂い!

 俺は、屋台に駆け寄った。

 丸いコロコロした揚げ物を売ってる。すり潰したポテトに、刻んだ肉や野菜を混ぜて、丸くして揚げたものだ。

 何か香草ハーブでも使っているのかな。レイガスの暑さも吹き飛ばすような、清涼感があるスパイシーな香り……

 

「おっちゃん、それ三つ頂戴!」

「おうよ」

 

 妙に野太い返事があった。

 んん、レイガスの人なのに、腕が太くて背が低いなぁ。

 それに髭がモジャモジャしてる。

 

「ん?」

 

 向こうも、俺を見て、違和感を覚えているようだ。

 

「なんだ。ゼフィの坊主じゃねえか。戻ってきたのか」

「ゴッホさん!!」

 

 おっちゃんは、地下迷宮から地上に引っ越してきた大地小人ドワーフの一人、ゴッホさんだった。

 前は焼肉屋台で、今度はコロッケ屋台かー。

 バリエーション増えていってない?

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フェンリルさんちの末っ子は人間でした 空色蜻蛉 @25tonbo

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