123 偏見はよくないと思うんだ

 朝ごはんと言えば、スクランブルエッグだ。

 

「そのフライパンはどこから出てきたのだ?」

 

 俺が焚火にかざしたフライパンに、パリスがつっこむ。

 先日、子犬の姿でオリエントの宿屋に泊まった際に、こっそり厨房の食器棚の中に転移陣を仕込んでおいた。そこからフライパンや食材を転送している。食材は、竜の鱗を売って得たお金で仕入れた。フライパンは洗って返す予定だ。

 

 フライパンに、卵と少量の牛乳、バター、ハーブソルトを加え、ヘラでかきまぜるように火を通していく。とろとろより、ちょっと固めがいいな。

 

 朝もやが風によって晴らされていく。

 尾根に日が当たって、白い石の散らばった山の道と、背の低い高山植物が風にそよぐさまが、眼前にぱあっと広がった。

 抜けるような青空に、卵を炒めるいい匂いが立ち上る。

 

「うわぁ、美味しそう」

「アールフェス、そこの川で、顔と手を洗ってきなよ」

 

 パンとソーセージを軽く火にかざして焦げ目を作り、その辺で摘んだハーブと先ほど炒めたスクランブルエッグを挟み込む。

 川に降りていったアールフェスは後回しにして、まずはパリスにサンドイッチを手渡した。

 

「なんて筋肉に良さそうな朝食だ!」

 

 一口食べた途端に、目を輝かせて感想を言うパリス。

 筋肉からそろそろ離れようよ。

 

「はい、どうぞエリカ」

 

 親の仇のように、俺の料理する姿を凝視していたエリカに、サンドイッチを渡す。

 

「はやく寄越しなさい。まったく気が利かないんだから……でも、王宮料理人の作った食事よりも、ずっと美味しいわ」

 

 巨人の足元に座り直したエリカは、行儀よくサンドイッチをかじった。

 

「……うー」

「マグナ? あなたもサンドイッチが欲しいの?」

 

 巨人の唸り声に、エリカがきょとんとした様子で見上げる。

 ボサボサの毛の下のぎょろりとした目は、俺を睨んでいる。

 

「うぅー」

「……もしかして、嫉妬してるのかな」

「嫉妬?」

 

 俺は推測する。

 巨人は、自分を助けてくれたエリカを特別に思っている。

 この山の中で、少女と二人きりで過ごす時間は、巨人にとって幸福だったのかもしれない。

 だけどそこに、俺という闖入者が現れた。

 

「嫉妬なんかするはずないじゃない。マグナはそこまで賢くないわ」

 

 エリカは、残酷なまでにあっけらかんと言い放った。

 

「それよりも残っているサンドイッチを頂戴」

「これはアールフェスの分」

「あの子、従卒じゃないの? 従卒が主人と同じ食べ物を口にするなんて、ありえないわ」

 

 お姫さまなんだなあ、と俺はある意味、感心してしまった。

 別にこの子が悪い訳じゃなくて、この子にとっては下々の者と一緒の食卓につくのは、ありえないことなのだ。

 

「エリカさま。アールフェスは我が弟子です。そして優秀な竜騎士でもある。侮らないで頂きたい」

 

 おっと、パリスのフォローが入った。

 自分よりも数十年上の大人の男に、重々しい口調でたしなめられ、エリカの背がぴしっと伸びる。

 

「そうだったの。それは失礼したわ」

 

 ちょうど話題のアールフェスが帰ってきた。

 布巾で顔を拭いてさっぱりした様子だ。

 俺がサンドイッチを手渡すと、礼を言って立ったまま頬張り始めた。

 

「ありがとう、セイル。それにしても、ノワールはどこにいったかな。一緒にいるシエナは無事だと思うんだけど……」

「シエナ? あの獣人の子?」

「そうだけど、どうしてセイルが知ってるんだ」

 

 アールフェスが最近、仲良くやっているオレンジの髪の女の子だ。

 子犬の姿の俺は、少しの間、パリスとアールフェスとシエナと一緒に旅をしていた。

 しかし、そのことは秘密である。

 

「ふっ。剣技を極めれば、そのくらいの事情はお見通しだよ。ねっ、パリスさま!」

 

 言い訳を考えるのも面倒だったので、適当にパリスに投げた。

 

「その通りだ。剣を極めれば、対峙する相手の心、信念、譲れない願い、過去や家族構成にいたるまで、あますところなく読み取ることができる!」

「いや、セイルはシエナと会ってないのでは」

「アールフェス、私は今、とても良い話をしているのだぞ!」

 

 パリスの剣術論議が始まったので、俺がシエナを知っている謎はうまいこと有耶無耶になった。

 

「獣人……」

 

 会話を聞いていたエリカは、眉をひそめている。

 

「城にはいなかったわ。とても卑しく醜い生き物だと聞いたけれど。マグナよりは清潔なのかしら」

 

 ひどい言い様だ。

 隣の巨人は言葉を理解しているのか、いないのか、エリカの言葉に無反応である。

 

「エリカは、マグナを卑しくて醜い生き物だと思っているの? だったらどうして助けたのさ?」

 

 俺は食事の後片付けをしながら、聞いてみた。

 

「それは……」

 

 お姫さまは、一気に途方に暮れた表情になった。

 

「分からないわ。自分でも、どうしてマグナを助けたのか、分からない」

「……シエナは、獣人は、人間と同じだよ。卑しい生き物なんかじゃない」

 

 途中で、アールフェスが口を挟む。

 俺と出会った当初、獣人を差別していたアールフェスが言うと妙な説得力があった。

 アールフェス、おっきくなったなあ。

 

「あなたの言う事は分からない。私は自分のこの目で見たものしか、信じられない」

「僕が嘘をついてると?」

「さあ。私はあなたのことをよく知らないもの」

 

 エリカは、突っかかるようなアールフェスの台詞をさらりとかわし、俺を見る。

 

「マグナは汚いけど可愛いわ。そして、あなたは不思議だけど信じられる。世の中は、本に書いてあること、お父さまや大臣が教えてくれた事だけが全てじゃない」

「……うん」

 

 俺はただ、頷いた。

 この子もアールフェスも、育ちが良すぎて頭が固い。

 けど純粋で、これからいくらでも変わっていける。

 

「君に世界を見せてあげるよ。たぶん、俺たちと一緒にくれば、エリカの問題は全部解決するよ」

 

 解決してくれるのは、主にパリスだけどな!

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