122 天の川はフェンリル作でした?
オリエントからエスペランサへ、竜を避難させる作戦に、俺も協力することになってしまった。
夜、皆が寝静まってから、俺はこっそり野営のテントから抜け出した。
小鳥に変身して空に飛び立つ。
星明かりの下、兄狼の待つ見晴らしの良い丘を目指した。
「兄たん!」
「ゼフィ!!」
元の子狼の姿に戻って、クロス兄の背中の上に落ちる。
すると無言のままウォルト兄が、俺をくわえあげて自分の背中に乗せ換えようとした。
「……」
二頭の狼は険悪に睨みあう。
「けんか、めっ!」
俺は兄たんズを仲裁した。
「仕方ない。ゼフィの可愛さに免じて休戦だな」
「……」
ウォルト兄とクロス兄はそっぽを向いたまま、背中を寄せて真ん中に俺が来るようにした。
あったかいし、ふかふかだし、幸せだなあ。
空を見上げると沢山の星がきらめいている。
朝になるまでは、兄たんと一緒にいよう。
「ゼフィ、知っているか? あの空で白く光っている天の川は、俺たちフェンリルが作ったんだぞ」
「ふえ?」
三匹で身を寄せ合って就寝準備をしていると、ウォルト兄が不意に空を見上げて言った。
「あまのかわ……フェンリルが?」
「そうだ。昔むかし、仲の良い人間の夫婦がいてな。死んでも一緒にいたいなどと贅沢なことを願っていた。二人は寿命で死に、魂は空に昇ったのだが、空の上は強い風が吹いているので離れ離れになってしまった」
いつも無言のウォルト兄に似合わず饒舌だった。
俺は興味津々で物語に耳を傾ける。
「兄たん、つづき」
「ああ。遠く離れてしまった二人が、もう一度会いたいとメソメソ泣くものだから、俺たちフェンリルの遠い祖先、空を駆ける
「へー」
ロマンチックな話だ。
あの天の川に、そんな物語があったとは。
つまり、二人は再会できて、めでたしめでたし、ってことだね?
「まあ残念なことに、人間は氷の橋を渡れなかったんだがな。今も両端でメソメソ泣いているらしい」
「え?!」
再会できたんじゃないんかい!
「……それで空から雨が降るのか。湿っぽい話だな、ウォルト兄」
「クロス、俺はフェンリルの偉大さをゼフィに教えてやろうとだな」
兄たんズは些細なきっかけで言い争いを始めた。
せっかく和やかな雰囲気だったのに……そうだ!
「兄たん、そのにんげん、乗せていってあげればいいじゃないか。かたみち一回だけだよ?」
「う、うむ……そうだな。一回で済んで、雨も止んで一石二鳥か」
俺の提案に、ウォルト兄は唸りながら同意した。
きっとフェンリルの祖先だという
夜明けの時刻になった。
もそもそ起き出した俺に気付いたウォルト兄は、そっと半身をずらす。
ウォルト兄の腹の下に、剣の柄が見えた。
「天牙!」
それは俺の愛剣、天牙だった。
兄たんが持ってきていたのか。
「お前の牙だろう。持っていくといい」
「ありがとう!」
俺は人間の少年の姿に変身すると、天牙の鞘をにぎった。
兄たんに「またエスペランサで」と声を掛けて、元のテントの方向に歩いていく。
しかし途中には、早朝起き出して剣術の稽古をしているパリスがいた。
「朝から熱心だなあ」
パリスは上半身裸で剣を振っている。
汗が蒸気になって体から立ち上っていた。
うーん、下手にこそこそテントに戻るのは、不自然に思われる気がする。
ここは思い切って。
「おはよーございます!」
元気に挨拶してみた。
「……おはよう。おや、天牙を持って……君もその辺で稽古をしていたのか」
脳筋のパリスは、俺が夜通し剣術の稽古をしていたと誤解したらしい。
前世で戦時中だった時じゃあるまいし、徹夜で稽古なんてしないって。
だけど、この誤解はちょうど良いな。
「はい。パリスさまも熱心ですね」
「使わなければ筋肉がにぶるからな。どうだ、筋肉も温まってきたことだし、立ち会いでもするか」
パリスは浮き浮きした表情で、俺に実戦式の簡易試合を申し込んできた。
朝から筋肉のことしか考えてないのね。
「……だが断る」
「何?!」
「いえ、パリスさまと剣を合わせられるのは光栄ですが、俺は朝ご飯の準備があるので、失礼します」
俺は有無を言わせない笑顔で立ち合いを断り、早足でテントの方角へ向かった。
朝ご飯、何にしようかな。
背後でパリスが「飯が理由で決闘を断られたことが、以前にもあったような……」と釈然としない様子だったが、気にしないでおく。ご飯より優先するものは、この世にないのだ。
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