121 策士策に溺れるというやつでしょうか
どこかから狼の遠吠えが聞こえた気がする。
俺を呼ぶ兄狼の声。
「……」
「セイル?」
「なんでもない」
アールフェスの問いかけに、俺は首を横に振った。
俺たちは今、落ち葉の積み重なる道なき道を、竜の
風に乗って紅葉がひらひら舞い、雨の代わりに
「まだなのかしら。私もうくたくた」
「エリカは歩いてないじゃん」
巨人の肩に乗って一歩も動いていないお姫様がそう言ったので、俺はつい突っ込んだ。
エリカはつんとすまし顔で言う。
「あなた、私が王族だと知っていての無礼ですか」
「え? お姫様?!」
驚いているのはアールフェス一人だけだ。
「もちろん知ってるよー。話しかけるの駄目なら、置いていこうか?」
「冗談よ! 置いていかないで!」
途端に慌てだすエリカ。
このお姫様、いじると楽しいなー。
和やかに会話しながら、岩のゴロゴロしている川べりをさかのぼり、竜の営巣地があるという洞窟にたどり着いた。
天井のあちこちに穴が空いているので、中は結構明るい。
「お邪魔しまーす……って、誰もいない?」
洞窟の中は空っぽだ。
俺は点在する巣の跡を見つけて、首をかしげた。
竜を見つけて竜鍋にする作戦もとい、おどして空から帰る作戦、失敗だ。
「フェンリルが二匹やってきて、竜は全部逃げていった」
アールフェスが俺の疑問に答える。
フェンリル……それって。
「兄たん先に狩りに来るなんてズルイよ……」
「??」
「なんでもない」
洞窟の地面からウォルト兄とクロス兄の匂いがする。
迎えに来てくれたんだね!
だけど俺抜きで竜肉食べ放題なんて酷いよ。
「あっ! この赤い草、お父様が育ててたやつだわ!」
エリカが巨人の肩から地面に飛び降りて大声を出した。
草? そんな食べられないものが、どうしたんだよ。
「本当ですか? この植物は熱をうばい、竜の卵を死滅させる恐ろしい毒草ですよ」
「なんですって?!」
アールフェスとエリカが何やら盛り上がっているが、俺は竜がいないのでがっかりしてやる気をなくしていた。淡白な鹿肉だけだと腹が減るぜ。
「……!」
「なんだ? 地震か?」
突然、地面がグラグラ揺れた。
戸惑うアールフェスとエリカ、巨人。
俺の耳に、獣の唸り声が聞こえてくる。
「……ウォルト兄」
どこかで、兄たんが戦ってる。
「セイル?」
俺は壁の出っ張りを足掛かりに思い切りジャンプし、天井の穴から外に飛び出した。アールフェスとお姫様はポカンとしている。
匂いを追って走る。
空に、青い竜が炎を吐き出しているのが見えた。
「ウォルト兄!」
体格の大きな青い竜と、ウォルト兄が戦っている。
青い竜はゴテゴテと金属の鎧を着けていて、そのせいで兄たんは爪や牙が届かなくて苦戦しているようだ。
竜の上に乗っている金髪の男が、槍を構えている。
あの槍が当たったら、兄たんでもヤバい。
「たとえ相手が神獣だとしても、竜の守護者として見過ごせぬ!」
兄たんが戦っている相手はパリスだ。
俺はその辺で木の枝を拾って、背の高い木に駆け上がり、幹を踏み台にして高く跳躍した。
「てやーーっ!」
ゴンと良い音が鳴った。
俺の一撃はパリスの後頭部に見事ヒットした。
竜騎士の手から槍が滑り落ちる。
「木の枝に負けるとは、初めてだ……無念」
「ギョーー?!」
がっくり崩れ落ちるパリス。
慌ててバタバタする青い竜。ごめん、名前は忘れた。
竜から飛び降りて、俺はウォルト兄に駆け寄った。
「兄たんゴメン、心配した?」
「ああ。竜どもがお前の可愛さに目覚めたのではないかと、気が気でならなかった」
ガシッと抱擁をかわす俺たち兄弟。
後ろで青い竜が気を失ったパリスを背に右往左往している。
尻尾を置いていくなら、見逃してあげても良いんだよ?
ウォルト兄とクロス兄は、俺を探すために手分けして、別の方向に走っていたらしい。それでクロス兄がいないのか。
とりあえずエリカと竜騎士のパリスを引き合わせたら、俺は兄たんと
巨人に乗ったエリカとアールフェスが追い付いてくる気配があったので、ウォルト兄は森に隠れてもらった。
その場に残ったのは、倒れたパリスと竜、俺だけだ。
追い付いてきたアールフェスは、俺がパリスを救ったのだと誤解した。
「師匠、師匠!」
「うーん……はっ。フェンリルはどこへ行った?!」
アールフェスに揺り動かされ、目を覚ますパリス。
キョロキョロ辺りを見回している。
「ワイルド! 尻尾をどうしたんだ?!」
「……ギュー……」
青い竜は先っぽが切れた尻尾を見つめて、しくしくと泣いている。
尻尾は、ウォルト兄が母上へのお土産に持って行った。
「おのれフェンリルめ……!」
パリスは怒りの炎をメラメラ燃やしている。
俺が犯人だってばれないよね。
後ろから殴ったから、パリスは俺の顔を見ていないはずだ。
「君!」
「ひゃい?!」
いきなりパリスに呼ばれ、俺はドキドキして舌を噛みそうになった。
「フェンリルから我々を助けてくれたのだな、礼を言う!」
「どうも……」
ちょっと罪悪感で視線を反らす俺。
エリカが、じとっとした目線で俺を見ている。
しまった。この子には俺がフェンリルだと話していたのだった。ちょっと考えれば、俺が怪しいと分かってしまう。
必死に目で「黙ってて」と伝えると、エリカがにっこり笑った。「貸し一つよ」と言う笑顔だ。むう、残らない方が良かったかな……。
「竜の巣を襲うフェンリル、そして異常に繁殖した謎の植物……これは一度、王に奏上した方が良いかもしれん」
「!!」
エリカの顔がこわばる。
彼女は王の庭園に火を付けて逃げてきたのだ。戻ればどうなるか、分かったものじゃない。
今度は必死の目で、彼女は俺に「助けて」と訴える。
仕方ないなあ。
「パリスさま、先に竜たちをエスペランサに避難させてはどうでしょう? エスペランサのレイガスには、竜が住む火山がありますから、一時的に竜たちが身を寄せるにはピッタリかと」
俺は素知らぬ風を装って、パリスに提案する。
「君の言う通りだな! なぜ気付かなかったのだ、私は!」
パリスは顔を輝かせた。エリカも安堵した表情になる。
よし、これでエリカも亡命できるし、全て丸く収まるぞ。
めでたし、めでたし。
俺、山に帰っていいよね?
「そうと決まれば! 君も一緒に来てくれ。その口調だと、エスペランサに詳しいのだろう?」
パリスが俺の手を強引に掴んで、上機嫌に笑いながら、上下にシェイクした。俺はひきつった笑顔で頷く。
嫌だああっ、俺はおうちに帰りたいのに!
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