新緑の巨人

120 真っ白な毛皮だけど腹黒なのです

 山肌が一面の紅葉に覆われている。

 年中真っ白な真白山脈フロストランドで育った俺にとって、それは珍しい景色だった。とは言え、見たことがない訳ではない。人間だった頃、故郷の山の紅葉を幾度となく見た。

 しかし、記憶の中の景色と比べても、ここ西華山脈ウェスピアの紅葉具合は異常だった。

 緑の森に包まれた国、オリエントと思えない光景だ。

 違和感を覚えたが、よそさまの土地の事情に首を突っ込むのは、いかがなものか。

 

「……とりあえず、お腹も満たされたし、帰るよ」

 

 鹿肉を片付けながら、俺はエリカに告げた。

 エリカは、竜の背から自由落下を決めた俺を拾った女の子だ。長いウェーブした髪の毛は、森の池の水面のような特徴的な色をしている。たぶん彼女は樹人ドリアドの血を引いているのだろう。

 彼女は焦った顔をして、俺に待ったを掛けた。

 

「ちょっと! 帰らないでよ!!」

「へ? なんで?」

「あなたが帰っちゃうと、話し相手がいなくなる!」

 

 俺は、少女の横にぬぼーっと突っ立っている巨人を横目に見た。

 

「巨人がいるんじゃ?」

「マグナは、あー、とか、うー、とかしか言わないし!」

「そもそも、こんな山奥にお姫様が一人でさ迷ってるのは、なんでさ?」

 

 根本的な質問をすると、エリカは困って地団駄を踏んだ。

 

「フェンリルだろうが何だろうが、この私にそんな質問をするのは不敬よ!」

「あ、そう。じゃあ帰ろうかな」

「待って待って、話すから。実は、お父様が秘密の庭園で罌粟けしの花を育てているのを目撃しちゃって」

「罌粟って……麻薬の?」

 

 俺は眉をひそめた。

 少量なら痛み止めとして最適な罌粟の薬。だが多量に服用すると、幻覚を見たり頭が変になったりして、中毒で止められなくなる。

 昔、人間だった頃に戦争で、戦いで負った傷の痛みを和らげるための薬で、決定的に病んで脱落していく仲間を多く目にしたものだ。

 特に栽培が禁止されている訳ではないが、取り扱いは慎重を要する。

 

「王家が育てる分には、誰も文句を言わないんじゃ?」

「そういう問題じゃない! お父様は他国を陥れるために、毒薬の研究をしてるのよ! マグナも実験のために城の地下に捕らえられていたわ」

「毒薬って……君の勘違いかもしれないよ」

「皆そう言って信じないから、私は罌粟の庭園に火を付けて、マグナを連れて城を出て来たのよ!」

 

 うわあ、過激な王女さまだな。

 

「……で。これからどうするの?」

 

 改めて聞くと、王女さまは途方にくれた顔をした。

 

「分からないけど……城には帰りたくないの」

 

 なんか迷子のお姫様を拾うこと多いな。

 俺はエスペランサのフレイヤ王女を思い浮かべた。元気でやってるかな。最後に会った時は酢の料理を作るって言ってたけど。お酢マスターになれたのだろうか。

 

「じゃあ、エスペランサか、ローリエに亡命してみる?」

「え? そんなことできるの?」

「ちょっとした伝手があって。よーし、開け時空の門!」

 

 面倒だからまとめてティオに押し付けようと、エスペランサの領事館をイメージして転移の門を開こうとして、気付いた。

 

「あ。差し押さえられてたんだった」

 

 転移の魔方陣も撤収してしまっている。

 しまった、転移できないぞ。

 他に転移できる先は、母上が待つ真白山脈だが、あんな極寒の地にエリカを連れていけない。

 

「うーむ」

 

 女の子を連れて歩きで山を越えるのは、論外だ。

 俺が未来のフェンリルの姿に変身して乗せていってあげる手もあるけど、あれは消耗するから遠くまで走れない。

 兄たんたち迎えに来てくれないかなあ。

 

「そうだ、ここは竜の営巣地ネストリム。適当に竜を捕まえて、乗せてもらえば良いんだ」

 

 ついでに尻尾をかじらせてくれれば言うことない。

 俺は、そうと決まれば、と付近で一番大きな木に登った。

 高いところから山の景色を観察して、竜のいるところに行こうと思ったのだ。

 

「うわああああああああっ!」

 

 だが、俺が見つけたのは竜じゃなくて……間抜けな悲鳴を上げて空から落っこちてきたアールフェスだった。

 

 

 

 

 そういえば俺はアールフェスの黒竜に連れられて、ここにやって来たのだった。詳しくは、フェンリル末っ子誘拐事件を参照すること。

 アールフェスは地面に下りるやいなや、すごい勢いで俺に聞いてきた。

 

「セイル、どうしてここに?!」

「あー……久しぶり、アールフェス」

 

 実際は昨日ぶりくらいだけどな。

 セイルとは俺の偽名だ。

 いつまで偽名で通そうか。

 アールフェスとは、長い付き合いになりつつあるし、そろそろ俺の正体を教えても良い気がする。

 

「君を探していたんだ! エスペランサから出ていたのか?!」

「落ち着いてアールフェス。それより黒竜のノワールは一緒じゃないの?」

 

 ノワール君がいたら、俺たち山から脱出できると思うんだ。

 ついでに誘拐の責任を取って尻尾で弁償してもらおう。

 

「ノワール! そうだった……竜笛を…………無い」 

 

 アールフェスは、ズボンのポケットやら上着の裏やらを確認した後、肩を落とした。

 あーあ、ノワールが付いてないアールフェスなんて、何の役にも立たないじゃないか。

 

「うん、分かった。帰っていいよ、アールフェス」

「何でだ?!」

 

 笑顔で許可を出すと、アールフェスは泣きそうな顔になった。

 

「うう……どうせ僕はノワールがいなきゃ、何もできないんだ」

「そうだね」

「全肯定?!」

 

 否定して欲しかったの?

 

「役に立ちたいなら、竜の営巣地ネストリムに案内してよ。ここから近いんでしょ」

「セイル、どうして営巣地のことを知って……いや、良い。君には驚かされてばっかりだからな」

 

 アールフェスはひとしきり嘆いて気が済んだのか、立ち上がった。

 俺はくすりと笑う。

 

「アールフェス、人は役に立つかどうかじゃない。誰かの助けになりたいという気持ちが重要なんだよ」

「……セイル?」

「処刑されるかって、ティオと二人で気を揉んだんだぜ。君が生きていて良かったよ」

 

 パチリとウインクして見せると、アールフェスの瞳が潤んだ。

 

「……僕の方こそ、百の感謝でも足りないくらいだ。ありがとう、セイル。君とティオは、僕の恩人で……初めての友人だ」

 

 感動の再会という雰囲気だ。

 この空気で俺がなんでここにいるのかという疑問と、うまいこと利用されているということに、アールフェスが気付かなければ良いが。

 

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