119 変なものを拾いました
さて、アールフェスとシエナ、パリスの三人は、竜の営巣地へやってきていた。
竜の営巣地は、高山の頂点近くにある洞窟の中だった。
アールフェスたちは竜から降り、腹ばいになってペタペタ歩く竜の後について、洞窟に入った。
彼らが目撃したのは、巣を襲う巨人、ではなく。
「いったい何だ、この植物は……?!」
竜の営巣地は、高山の頂点近くにある洞窟の中だった。
サークル状に組まれた石の上で、竜が翼を畳んで丸くなっている。熱した石で卵を温めるらしい。洞窟の中には、そういった竜の巣が沢山あった。
しかし竜たちの一部は落ち着かない様子で、洞窟の中をうろうろしている。
巣を囲むように、真っ赤な枝葉の植物が群生していた。
「……巨人? 何のことだ? と竜たちは言っている」
パリスが、竜の言葉を通訳する。
竜の中で年長の一頭が、アールフェスたちを出迎えて「ギューギュー」と鳴いていた。
「師匠、竜の言葉が分かるんですか?!」
「ふっ……竜騎士であれば当然のこと」
驚くアールフェスに、パリスは顎を撫でながら答えた。
「ここには巨人はいない。だが、竜たちは別の問題で困っているようだ」
「この植物ですか?」
アールフェスはしゃがみこんで、赤い植物をちぎった。
血のように毒々しい色の葉だ。茎まで赤く、ちぎるのに苦労する固さだった。だが、それだけだ。
「竜の炎で、焼き払ってしまえばいいじゃないですか」
「この植物は熱をうばうそうだ」
案内役の竜は、草の一部に「フーッ」と炎の息を吐きかける。
すると植物は燃えるどころか、水を得た魚のように輝き、枝葉を伸ばした。
「火で成長するなんて! でも踏みつぶせば」
竜はアールフェスの言葉にうなずきながら、植物を踏みつぶす。
「……一時的には、つぶせば生えなくなるが、一日ほど経つとまた生えてくるらしい」
「そんな……なんて面倒くさい植物なんだ」
アールフェスは眉をしかめる。
「草が熱をうばうので、卵が冷えて死んでしまう」
「いっそ巣を別の場所に移すのは」
「検討中だそうだ。しかし、広くて卵を食べる蛇がいない、ちょうどいい洞窟が中々見つけられんとな……」
パリスは通訳しながら溜息を吐いた。
「これは私が力技で解決できる話ではないな。シエナ嬢が探している巨人もおらぬようだし、無駄足だったようだ」
「そうですか……」
シエナは肩を落とす。
移動中に子犬を落としてしまったせいもあって、彼女は落ち込んでいた。
アールフェスは励ましたかったが、なんと言えばいいのか分からない。
「シエナ……これから」
子犬を一緒に探しに行こうか、と声を掛けようとした時。
洞窟の入り口から「ウォオオーーン」と狼の遠吠えが聞こえてきた。
「冷気が……!」
暖かい洞窟の空気に、ひんやりとした寒風が吹き込む。
竜たちはビクリと震え固まった。
『ゼフィはどこだああああっ!!』
アールフェスたちには、獣の叫び声にしか聞こえない。
猛烈な勢いで、洞窟の中に二頭の白い狼が駆け込んできた。
その辺の森にいる狼の何倍もの大きさがあり、艶々とした白銀の毛並みが美しい、一目で特別と分かる獣だ。アイスブルーの瞳には怒気と知性が宿っている。
二頭の狼のうち、体格が大きい方の狼の背には、青い髪の少女がまたがっている。
少女は洞窟を見回して残念そうに呟いた。
「こっちの方角に、ゼフィの気配を感じたんだけどなあ」
誰かを探しているのか。
アールフェスは呆然としながら、神々しい威厳をまとう白銀の狼を眺めていて気付く。
以前、同種の狼の姿をした獣を見たことがある。
「神獣フェンリル!」
竜たちは総立ちになって、じりじり後ろに下がる。
『……む。美味そうな肉が沢山いるな。ついでに狩っていくか』
フェンリルが竜たちを見回して、ニヤリと笑ったように見えた。
「ギューー!!」
一頭が上げた鳴き声をきっかけに、竜たちは押し合いへし合い、逃げ出そうとする。
「シエナ、ノワールに乗って! 逃げるんだ!」
アールフェスは青ざめているシエナを引っ張って、黒竜ノワールの背に引き上げた。
「もたもたするな、アールフェス!」
「先に行ってください、師匠」
パリスは颯爽と自分の竜に飛び乗っている。
洞窟の中で飛べないので、竜たちは四本脚の動物のように、翼を畳んでドタバタと無様に地面を走った。パリスの竜も走り出す。
「うわっ」
「アールフェス?!」
お約束のように、アールフェスは転んだ。
「行けっ、ノワール!」
「キュー」
自分は地面に膝をついたまま、黒竜に「構わず走れ」と指示する。
ノワールは一瞬迷う様子を見せたが、シエナを乗せて洞窟の奥へ走り出した。
『待てええぃ!』
フェンリルは竜を追いかけようとする。
が、その辺に生えている赤い植物に足が絡まったようだ。
『くっ。なんだこの不気味な草は!』
動きを止めたフェンリルに、アールフェスもやっと立ち上がり、ノワールを追いかけて走りだす。
竜たちは残らず逃げたようだ。
人の身であるアールフェスには、逃げて行った彼らと同じスピードは出せない。
誰もいない洞窟の中を一人、息を切らしながら走る。
もうノワールがどちらへ行ったか分からない。
勘を頼りに真っ暗な道を、右へ左へ曲がり続ける。
「外だ! ……って、崖じゃないか!」
光を見つけてそちらに進んだアールフェスは、崖から落ちる寸前で足を止めた。
そこは平たく言えば行き止まり。
道の先は虚空に続いており、足元には針葉樹の森と綿雲が見える。
『肉はどこだ!!』
フェンリルの吠え声が、すぐ背後から響いてくる。
「ひっ」
動揺したアールフェスは無意識のうちに一歩すすみ。
「あ」
何もない空中に身を躍らせていた。
「うわああああっ!」
頼りになる黒竜ノワールはいない。
このまま落ちれば、運が良くて骨折、運が悪ければ森の木に刺さって死ぬだろう。
幸薄い人生だったな。
アールフェスの脳裏を走馬灯が流れる。
英雄バルトの息子として生まれたにも関わらず、運動音痴のせいで軽蔑され続けた幼年期。
嫌気がさして国を飛び出し、大国エスペランサに辿り着いた青年期。
さんざん虐められて、ひねくれを通り越し根性が曲がってしまったせいか、エスペランサで憂さ晴らしに獣人を虐待したりしていた。
わりと好き放題生きてきたアールフェスの唯一の心残りは。
「……シエナのウサギ耳、一度さわってみたかったなあ」
アールフェスは、どこかの子狼に先を越されたと知らない。
目を閉じて、最後に訪れる苦痛を待つ。
脳味噌がぐるんと回るような衝撃を感じた。
その後、体が何かに引っかかったように静止する。
アールフェスは恐る恐る、目を開けた。
「変なの拾っちゃったな」
「……セイル?!」
子猫をぶらさげるようにアールフェスの襟首をつかんで落下を食い止めていたのは、銀髪碧眼の少年――アールフェスが会いたいと思っていた、シエナが探していた、セイル・クレールその人であった。
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