118 ミノ虫ではないのです

 俺はジタバタした。

 木の根っこに体をすりつけて落ち葉を取ろうとするが、動けば動くほど葉っぱが毛並みにくっつく。

 

「ふがー!」

 

 我慢できずに唸り声をもらす。

 

「あれ? ミノ虫じゃない? 虫は鳴かないよね……?」


 緑の髪の少女は、ミノ虫になった俺を不思議そうに眺めている。

 ミノ虫じゃないってば。

 何とか昆虫じゃないと分かって欲しいが、このままでは奇妙な虫モドキだ。世の中には鳴く虫もいるが、そんな事を主張したい訳ではない。

 

 葉っぱを一気に吹き飛ばすには……変身!

 人間の姿をイメージして手足を伸ばす。

 変身魔法を覚えた時と違い、裸になることはない。最低限の衣服を着けた格好だ。

 地面に膝をついた姿勢で、ゆっくり目を開ける。

 吹き飛んだ木の葉が、俺の周囲で螺旋を描いて舞い落ちた。

 

「な……ミノ虫が人間になった?!」

 

 少女は口をパクパクさせて、大層おどろいている。

 

「ミノ虫じゃないよ。……人間でも、ないけど」

 

 俺は立ち上がって、膝小僧から砂ぼこりを払った。

 その途端。

 

 ぐーー。

 

 少女のお腹が可愛らしい音を立てる。

 

「お腹すいてるの?」

「ち、ちがう……」

「俺はペコペコだよー。昨日から肉を食べてないし」

 

 ちょっと小首をかしげて、言ってみる。

 

「ご飯にしよう?」

 

 

 

 

 俺は魔法で未来のフェンリルの姿に変身すると、森の中をひとっ走りして鹿を捕まえた。

 首を噛んで流血させ、冷たい川に獲物を沈める。

 こうすると肉が臭くならないんだよ。

 鹿肉を川に沈めている間に、その辺の草むらで匂いを嗅いで、スパイスになりそうな植物を探す。良い匂いの草があったが、葉っぱが分厚くて広かった。何かに使えるかな。茎を噛んで何枚か収穫した。

 

「ね、ナイフ持ってない?」

 

 人間の姿に戻って、謎の少女に聞く。

 少女は困っていたようだが、意を決したように懐から小さな短剣を取り出した。

 

「これを」

 

 剣の根元にオリエントの紋章が刻まれている。

 この子、お姫様なのかな。

 

「ありがとう」

 

 なに食わぬ顔をして、川から引き上げた鹿の死体を、借りた短剣で解体した。幸運なことに鹿は痩せていて油分が少なかったので、高級な短剣が油でベトベトになることは無かった。

 刃を入れると、すっと毛皮も取れる。

 解体が怖いのか、少女は遠いところから俺の作業を見ている。

 

「よし、こんなところかな」

 

 あっという間に鹿の姿が消えて、肉の塊がいくつも転がるばかり。

 狼の姿なら生肉をそのまま食べるけど、今回は少女ゲストもいるし、料理をしようか。

 

「……でも、塩がないんだよな」

 

 調味料が無いと、ちょっと厳しい。

 俺の呟きを聞いた少女が、ためらいがちに申し出る。

 

「ハーブソルトならあるけど……」

「マジで?! オリエントのハーブソルト、美味しいんだよなあ」

 

 少女の手から小瓶を受け取って、俺は小躍りした。

 あまりの喜びように少女が引いている。

 もらったハーブソルトをすりこんだ肉を、良い香りの葉っぱで包む。落ち葉を一抱え、河原に持っていって魔法で火を付けた。燃やした後の灰の中に、葉っぱで包んだ肉を埋める。

 しばらくすると、蒸した肉の良い香りが近辺に漂いはじめた。

 

「美味しそうな匂い……ねえ、巨人マグナ?」

 

 少女の後ろで、巨人が「グゥー」とくぐもった吐息をもらす。

 巨人を見たのは、エスペランサでいた時のことだ。

 フレイヤ王女と一緒にヨルムンガンドの背で、上空から見下ろした。人を模した巨体は石で出来ているようで、全体に緑の苔が生えていた。天牙で真っ二つにしたが、普通の剣と剣士では歯が立たなかっただろう。小山を持ち上げるほどの背丈と体格があり、その足で建物を踏みつぶし、竜をわしづかみにするほどだった。

 

 しかし、今目の前にいる巨人は、それとは違う。

 大きさは人間の三倍ほど。

 浅黒い肌は人間と同じ柔らかい質感があり、もじゃもじゃのブラウンの髪と髭が顔立ちを覆い隠している。獣の皮をはいだ服で腰を覆っており、手足はずんぐりと短かった。

 

 これは過去に戦った「いにしえの巨人」とは別の生き物だ。

 俺はそう結論づけた。

 となると、パリスたちが追っている巨人とは別のような気がする。

 

「……できたよ。どうぞ」

 

 頃合いと見て、俺は灰の中から葉っぱに包んだ肉を掘り出した。

 熱で、元が緑の葉っぱは黄色く変色している。

 葉っぱを開くと、茶色くなった肉から湯気が立った。

 肉汁が葉っぱにしたたっている。

 

「い、いただきます! おいひい……!」

 

 少女が顔を輝かせて、肉にかぶりついた。

 

「そちらもどうぞ」

 

 肉を凝視して、ヨダレを垂らしている巨人にも、葉っぱに包んだ肉を渡す。巨人は無言で肉をむさぼり始めた。

 俺も葉っぱを開いて肉をかじる。

 やっぱりハーブソルトを使うと香ばしくて美味しいな。それに葉っぱで包んで蒸し焼きにしたので、肉が普通よりも柔らかい。噛むとジュワリと肉汁がしみだしてくる。

 しばらく無言で食事に没頭する。

 

「……そういえば、君はなんて名前なの?」

 

 名残惜しいのか、手に付いた肉汁を舐めている少女に聞く。

 

「エリカ」

「そっか、エリカっていうのか。エリカは、オリエントのお姫様なの?」

「だとしたらどうするの? 私を城に突きだして、賞金を稼ぐつもりなのかしら」

 

 エリカは険のこもった目付きで俺をにらむ。

 俺は苦笑した。

 

「まっさかあ」

「信じられないわ。人間は信じられない」

「俺、人間じゃないよ?」

「……」

 

 ミノ虫の姿も、狼の姿も見たでしょ、と笑ってみせる。

 

「人をかどわかすモンスターの類いかもしれない」

「ひどいなあ。俺は神獣だよ。神獣フェンリル。まだ子供だけど」

「嘘……!」

 

 正体を明かすと、エリカは目を丸くした。

 

「北の山脈に住む、狼の神獣?」

「そうだよ」

「雪と氷を操る魔法を使う……?」

「そうそう」

「それがどうして、ミノ虫になって空から落ちてくるの?」

 

 どうしてだろうな。俺も何でこうなったか知りたい。

 

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