▽10月5日(金)午前9時29分
▽ ▽ ▽
「おはよー」
傘をくるりとまとめながら、スーツ姿の女性が声をかける。
「ああ、先輩。おはようございます」
既にデスクに向かっていた男が振り向き、挨拶を返した。
「いやー、雨だねえ」
「雨っすねえ」
「また台風来てるらしいよ」
「ああ、24号でしたっけ」
「うん。また三連休が雨でつぶれるよ」
はあ、と女性がため息をついた。
「今沖縄らへんですよね」
「もう過ぎたんじゃない?」
男の方がキーボードをカチャカチャと叩き、台風の情報を画面に出した。
「あーほんとだ、もう完全に沖縄過ぎてますね。それより、先輩」
「なに?」
「24号じゃなくて25号でした」
「おおう……」
▽ ▽ ▽
「時に後輩くん」
「なんですか先輩」
「突然だけど、クイズ出していい?」
「いやって言っても出すんでしょう」
「よくわかってるじゃん」
うんうん、と頷いて、女性が続ける。
「それじゃ、問題。あ、マルバツ問題だよ」
「はあ」
「沖縄県に、今まで、台風が『上陸』したことはない。
「はあ?」
首をひねるまでもない、と言いたげに、男は答える。
「んなもん
「そんなにさかのぼったら沖縄自体なくなっちゃう」
「え、そこ気にするんですか?」
「うーん……じゃあ、気象庁が統計を取り出してから、って条件を加えよう」
「それでもウン十年ですよね……一度も上陸してないなんてあり得ないです。
ふふふ、と女性は笑い出した。
「やっぱりひっかかった。
「え? ほんとですか? ……確かに、25号はかすめてるだけですけど」
「そもそも、『上陸』ってなんだと思う?」
「陸地に上がることじゃないんですか」
「ないんだよそれが。ほら、調べてみ?」
彼女に促され、男は再びキーボードを叩く。
「えー、『台風 上陸 定義』……いや、ひどい。こんなのずるです」
パソコンの画面には、こう書いてあった。
"台風の中心が北海道,本州,四国,九州の海岸に達した状態"。
「そもそも『沖縄県』への上陸はあり得ない、なんて思わないじゃないですか……」
「わたしに八つ当たりしないでよ。気象庁に文句言いなよ」
「電話貸してください」
「こら、私の携帯取るな! それ業務用でしょ!」
女性が首から提げていた携帯を引っ張りかける。
「もともと仕事から逸れさせたのは先輩ですよね……」
「いや、私はただおはようって言っただけだけど?」
「クイズ出してきたのはあなたですよ」
「君がすぱっと正解を答えればよかったんだよ」
「最初に話を逸らしたのはあなたでしょうって言ってるんです!」
「だから、君がちゃんと軌道修正すればよかったじゃん」
「むりでしょ」
満足したのか、自分の席へと戻りながら、女性が言い置く。
「あ、でも、台風の軌道は逸らしたままにしてね」
「誰がうまいこと言えと……」
* * *
10月5日(金)。日本列島に台風25号が接近中。
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