△10月11日(木)午後11時44分

 △ △ △


自室でパソコンをいじる男子の手元に置かれたスマホの画面が光り、独特のメロディが鳴り出した。

 舌打ちしながら、でもちょっとだけ楽しそうな顔を浮かべて、彼はスマホを耳に当てる。椅子にもたれかかって、右手はマウスを持ったままだ。


「せーんぱいっ」


「なんだよ」


「いいじゃないですか別に」


「悪いとは言ってないぞ?」


「はいはい」


 彼にLINE通話をかけてきたのは、もちろん後輩であった。


「で、何の用だ」


「先輩の声が聞きたくなったので」


「今日はもう散々聞いただろ」

 

 下校だってタイミングを合わせて、一緒の電車に乗って帰ってきた。

 彼がこう言うのも無理はない。


「むー……」


「何か?」


「私的には散々じゃないんですよ」


「俺的には散々だ」


「そっすか」


「そっす」


「わかったら通話を切れ。俺はこれでも忙しいんだ」


 いつものように、彼は雑に後輩に注文をつける。

 普段なら、こんな言葉は何度言ったところで意味がないのだけれど。


「あ、わかりました~」


 まるでなんでもないかのように軽くこう言って、スマホの回線の向こうの後輩は通話を切る。

 少年の耳元のスマホから、テテトン、という独特の音が聞こえた。


「は?」


 もう誰も聞いていないというのに、彼の口から驚きの声が漏れた。


 △ △ △


 3分後。

 そのままフリーズしていた彼はやっと再起動して、スマホを耳に当てた。


「……なあ」


 いきなり通話するのも癪だが、それ以上に、チャットで問い詰めたところで無駄だと判断したのだった。


「どうしたんですか、先輩?」


「白々しいぞ」


「えへへっ」


 彼の脳裏には、ウインクしてぺろりと舌を出している後輩の様子がまじまじと浮かんでいた。


「用件も言わずにいきなり切るから、気になっただけだ」


「せんぱいが切れって言ったんじゃないですか」


「まあ……そうっちゃそうなんだけど……」


「でしょー?」


「うるせえよ」


 彼女と話していると、どうも調子が狂う。

 彼は小さくため息をついてから、恨み言を言った。


「普段は言うことなんて聞きやしないくせに」


「くせに?」


「さっきはどうしたんだよ」


「いやー、たまには素直なところ見せてもいいかな、なんて」


 これを聞いた彼は、後輩が素直で従順な様子を想像する。

 彼の言うことひとつひとつに目を輝かせ、先輩を慕い、どこに行くにも尻尾を振ってついてくるような彼女の姿を。


「あのさ」


「なんです?」


「気持ち悪いわ、従順なお前」


「女の子に向かって『気持ち悪い』はなくないですか」


「それ。それくらいの方が好き」


 「好き」の言葉に、少女はしばし沈黙する。

 再び話し出したとき、その声は心なしか、帯びていた。


「あの」


「なんだよ」


「せんぱいって、やっぱり、ちょっとMエムですよね♪」


「うるせえ、早く切れ。俺は忙しいの」


「まだしばらく切りませんよ?」


 へへーん、と。スピーカーから勝ち誇る声が聞こえた。


「あーもう……」


 とか言いつつ、ぐだぐだと後輩と話しつつ。

 彼の夜のひとときは、ゆっくりと過ぎていく。


 * * *


 10月11日(木)の誕生花は「ヨメナ」。花言葉は「従順」です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る