エピローグ

「おい、しん。次はあの子だ。めっちゃ可愛いからお前も絶対気に入る」

「ケンジ。あくまでサークルの勧誘だからな、ナンパとごっちゃにするな」


 俺も気づけばもう大学2年生。入学した大学にバスケ部が無かったため、サークルから作ることにした。だが集まったのは、まじめにバスケをしたいというより、楽しみたいというメンバーばっかり。特にこいつ、ケンジは飲み会隊長になっている。ある意味ムードメーカーにはなっているのだが。


「お前にもテクニックを教えてやるからな。まずさりげなく話しかけて、こう言うんだ『あれ? どこかでお会いしたことありませんでしたっけ?』って」

「この詐欺師め」

「詐欺師じゃねえ、テクニシャンと呼べ」


 詐欺師といえば、思い出すことがある。

 数年前、俺が高校生の時、不思議な夢を見た。実際には体験したような気もするが、確認のしようがないため、俺は夢だったということにしている。

 俺が毎朝電車で見かけていた女の子が自殺するという夢だ。俺は突如現れた男に頼んで、その子を助ける——とても人には言えないような夢だ。

 その中で、男はこんなことを言っていた。


「ちょっと確認していいですか?」

「なんだ」

「なんかこう悪魔とか死神とかって、命を奪ったりするのかと思ってました」

「は? どうゆうこと?」

「いや、だから、俺が死んだら命を貰うって、言ってたじゃないですか。なんかハイエナみたいだなって。どうせだったら運命を変えて命とか奪いに来るのかなって」


 男は少し焦ったような苛立ったような表情を見せた。


「うるせーな、神にもできることとできないことがあんの! の魂を奪える訳がないだろ! そんなこともわかんねーのかよ。もしな、運命を変えて命を奪うなんてやつがいたらそれは嘘だ、詐欺神だ」

「詐欺師?」

「詐欺師じゃねー、! だからお前は自分から死んでくれないと魂をもらえないの!」


 その夢がいつのものだったのか、今となっては記憶が曖昧になっていて覚えていない。昔気になっていたあの娘のことを考えていて変な夢を見たんだと思う。


「おーい、心〜」


 ケンジが泣きそうな顔で近づいてきた。


「あっちのめっちゃ可愛い子、撃沈したわ。さすがにお前でも無理だと思う」

「だから、ナンパじゃねーんだって……」


 俺はケンジが指差した女の子を見た。

 正門へ続く、並木道。春の香りが漂う人混みに浮かび上がる、ストンと落ちる黒髪と、色白の頬。少し垂れた目尻に俺は見覚えがあった。


「なんだよ、心。気に入ったのか?」


 俺は走り出していた。


「おい、待てって。やけに積極的だな」


 その子は友人と一緒に3人で歩いていた。俺はその背中に声をかけた。


「あの、すみません」


 3人は立ち止まった。横の2人が振り返る。


「あのー、ちょっと迷惑なんですけど」

「サークルとか興味ないんで」


 ケンジは頭をかきながら、そうですよね、はーい、と高い声をあげていた。

 

「あの!」


 俺は声を上げた。

 真ん中の子がゆっくりと振り返る。

 少し垂れた目尻に、ぱっちりとした瞳がこちらを見つめてきた。その瞳は俺の中にある、確かな何かを見つめていた。

 俺は一つ息を吐き、こう問いかけた。


「どこかでお会いしたことありませんでしたっけ」


 暖かい春の日差しの下、一枚の花びらが舞い落ちた。

 決して近づくことのないと思われたねじれた線と線。その2つが今まさにその距離を縮めようとしていた。


(了)

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ねじれの恋は聖夜に落つ 木沢 真流 @k1sh

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