Sweet Home
美澄 そら
Sweet Home
目が醒めると、ボクは死んでしまっていた。
棺の中にあるボクの体。墓石にはボクの名前。――ジャック・スミス。七歳。
不慮の事故でボクは短い人生を終えた。
なぜだろう。死んでしまったことに対しては、それほど悲しくなくて、ボクはふらふらと歩き出した。
夜の墓地はとても暗くて寒気がする。お星様がキラキラしてて、綺麗だけど、夜空に吸い込まれてしまいそう。
足音に振り向くと、墓守のおじさんがスコップ片手にうろうろしていた。
おじさんは怖くないのかな? ボクは自分が幽霊じゃなかったら、とてもこんなに暗いところにいられないけど。
墓地を抜けると、大通りに出た。
田舎町だから、街灯も少なくて、家から漏れてくる明かりが一番の光源だ。
ボクは真っ直ぐ駆けていった。体がふわふわしてるから、いつもよりずっと速く走れて、あっという間にお家にたどり着いた。
ボクのおうち。赤いトンガリ屋根。お月様にぶつかりそうな、突き出た煙突。
青々した芝生が敷かれていて、ママが大好きなお花を植えた庭に、奥にはパパの宝物がいっぱいのガレージ。
ボクは明かりの漏れてくる窓に顔を寄せた。
この窓の向こうはダイニングだ。
パパとママが見えて、その間に女の子が見える。
柔らかなハチミツ色の髪。リンゴみたいなほっぺた。とっても可愛い、ボクの三歳下の妹、マーサ。
電気は点いているのに、なんだか暗くて、みんな黙々と口に食べ物を運んでいる。
なんでかなって考えて、空いている席にボクがいないからだと気付いた。
ボクの意識はとても気まぐれに目醒めた。
ある日は雪が降り積もった冬だったし、ある日は青葉が生き生きした夏だった。
でも決まって夜に目醒めたから、ボクは窓の外からダイニングにいる家族の様子を眺めた。
最初、暗かったみんなの表情は、少しずつ明るくなっていった。
まるで白黒の映画が、カラーになったみたいに。それはボクの大好きな、オズの魔法使いって映画みたい。
笑ったり、怒ったりしてるパパとママが、ちょっとずつ成長していくマーサが、ボクにはとても嬉しかった。
そうして、一年一年が過ぎていって、あっという間にマーサがボクの年齢に追い付いた。
大きくなっていくマーサを見ていて、ボクはとってもとっても、マーサに会いたくなった。
目が醒めると、お月様がいつもより遠くに見えた。
なんだかちょっと体が重たいように感じる。幽霊なのに「体が重い」なんて、おかしいんだけどね。
ボクがいつもみたいに、大通りに出ると、いつもと町の様子が違うことに気付いた。
町のあちこちで、大人が明かりを持って立っている。それにボクと背格好の変わらない子が集まっていて、魔女だったり、吸血鬼だったりと仮装している。
――そっか! 今日は、ハロウィンなんだ。
確か、ボクの町の子どもはグループに分かれて町を練り歩く。もしかしたら、マーサもどこかのグループに入って歩いているかもしれない。
「あら、どこの子かしら?」
声をかけてきたのは、町長さんの奥さんだった。ふっくらした体が、誰よりも魔女みたいに見える。
声をかけてきたってことは、ボクのこと、見えるのかな?
「ボクは……」
なんて言おうか迷っていると、カボチャの被り物をくれた。
「服を忘れちゃったの? これでよければ貸すわよ。ハッピーハロウィン」
奥さんにボクが見えるのも、ハロウィンだからなのかな?
それともホントに魔女なのかしら?
ボクの中に、淡い希望がわき上がる。
カボチャの被り物を被ると、ボクは前を歩くグループの後ろにくっついて歩いた。
「トリック オア トリート!!」
六人グループに紛れ込んだボクを、誰も不思議に思わなかった。
用意してもらったお菓子を一つ貰う。
ボクのポケットはお菓子でいっぱいになった。
――次がボクのお家だ。
赤いトンガリ屋根。お月様にぶつかりそうな、突き出た煙突。
青々した芝生が敷かれていて、ママが大好きなお花を植えた庭に、奥にはパパの宝物がいっぱいのガレージ。
一緒に歩き回った子たちがどんどん玄関に向かっていく中、ボクは進めずにいた。
ボクの頭は、すっぽりとカボチャに覆われているから、パパもママも、マーサも気付かないと思う。
ボクは勇気を出して、一歩進むと、玄関が開いた。
ママがドアを開ける中、先にお菓子をもらった子たちが出てくる。
「こんばんは、カボチャのオバケさん」
どうぞ、と家に招き入れられる。
ボクはドキドキする胸を抑えながら、玄関に踏み入れた。
懐かしいボクの家。玄関に飾られた家族写真の中に、まだボクの姿がある。
それに匂い。ママが大好きなラベンダーのポプリがあちこちに置いてあるから、帰ってくる度にボクはこの匂いを嗅いで落ち着いていた。
ちょっと泣きそうになったけど、頑張って堪える。
「あら、クッキーがないわ。マーサ、クッキー持ってきてくれる?」
「はーい」
マーサ。すれ違わないなぁと思ったら、もう帰ってたんだね。
とたとたと軽快な足音。ボクの生きてた頃はまだ危なっかしかったのになぁ。
「はい」
玄関に現れたマーサは、可愛らしい魔女の格好をしていた。もうすっかりボクの身長を追い越していたんだね。窓から見ていただけじゃ気付かなかった。
ボクはクッキーを受け取ると、優しく抱き締めた。よくおやつに出してくれた、ママの手作りクッキー。
ボクの大好きな、バターたっぷりのクッキー。
「……ジャックお兄ちゃん?」
なんでわかったの? そう聞こうと思ったけど、声よりも涙が出てきて、ボクはわんわん泣かないように必死だった。
よかった、被り物をしていて。
「マーサ、何言ってるの……」
ママが混乱してる。
どうしよう。否定しなきゃ。
マーサとママとこうして会えただけで、ボクは満足だ。
帰らなきゃ。また、みんなが暗くて、白黒の世界に戻っちゃう。
「……ジャック、なの?」
ママが、ボクを覗きこむようにした。肩に乗せられた手がとっても重い。
「変ね。そんな訳ないってわかっているのに、あなたがジャックにしか見えないの」
そうだよ。ボクはジャックだよ。
声にはしないけど、伝わってくれたかな?
ママの目から、大きな涙がぽろぽろ落ちてきた。
ボクはその一つを指で掬うと、肩に置かれたママの手をするりと抜け出した。
「ただいま」
パパがドアを開けたから、ボクはその隙間から外に飛び出した。
パパはよく宝物でいっぱいの大切なガレージにボクを招待してくれた。そして、男の子だけの秘密の話をするんだ。
――二人で家族を守ろうな。
パパ、ボクはいつまでも約束を忘れないからね。
ボクは庭の真ん中で、一回だけ振り向いた。
「ハッピーハロウィン!!」
あんなに遠かったお月様は、今は手が届きそうなほど近く感じる。
ボクはママのクッキーを抱きしめて、静かに静かに眠りについた。
大好きな、ボクの家族の夢を見ながら。
おわり。
Sweet Home 美澄 そら @sora_msm
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