第3話

写像のそれぞれ、黒の光に晒されて川の水面のように映るアスファルトの上を、幾分楽になった面持ちでふらつく私の、その耳に、鼻腔に、手の甲の産毛に、眼球表面の蒸散に、ちりちりと刺激する。浸水防止の砂袋たちは身を寄せ合い崩れた形状で一つとなる。植込みは四角に整えられていた。眠っていた。

トンネルを抜けるとそこは、じゃない。トンネルなどない、ひらけた空が臨む先、借り物の登り坂が蛇行の末たどり着く防音シートで囲われたあのホーム下の工事。買い物かごに放り込まれる駄菓子と3つ1セットのプリン、小銭も満足に数えることのできない彼らはとても楽しそうに。私は、彼らの足先の合わさった、乾燥のせいでにじんだ視界が、5000円のおつりをもらった遠い昔の30分まえ。

夜の裸にされた大木に、寄せる鳥たちの朝は、また復活の望みを託して側溝のヘドロに溶け込んだ騒乱の汗の匂い、冷えたからだを温めるものはない。消し飛んでいきそう。緩やかな坂道を登る足の交錯する運び、避ける。視線は一歩先しか捉えることができない。ほんとうに?登って、曲がって。繰り返されるは運動であり反復の形式美という概念であり解析と実証の往来であり理由のないさまに起因する不条理という恍惚な湿り気で、黒地に張られた2、3の金属線は、弛んで正の変曲点で加速する、それにつられて私は歩く。頼りなく。

濃淡うごめく背景の中から、析出する家屋や車。歩くべき道の平さに驚く。輪郭は赤く太い線で引かれ、地続きの関係と立っている全体により成り立つ事後的条件は、ここまで歩いたという実感を伴って、あと半分ほど歩かなくてはならない結果を導く。徐々に回復する輪郭は、自由に行き来していた混沌を整理し、分類し、私に必要なものであると私の経験が、具体を破棄され、ぼんやりとした経験が、千切れながら回転し剪断の応力を内包しながら渦を巻く泥に次々と枠をはめ込んでゆく。囲われた領域内の動きは鈍り、ところどころに泡が吹き出し腐敗の気配が昇るのは、枠の交換を訴える背景の訴えであるけども、それもまた別の枠で見えないようにする、近似的な数値粘性に置き換えて処理する。そうして下処理された風景が、湿度が、風が、地面が、吐息が、また新しい背景を制作し、枠の範囲は狭まる方向を持ち、そのおかげで溶けた記憶はもう一度一つの人格を持って私のところにやってくる。

私は何をみたかったのだろう。右へ曲がりながら登る道の途中、ブロック塀の隙間からうさぎがこちらを見ていた。

足を止めて私もそちらをみて、また帰るべき方へ足を運ぶ。

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帰路 6〇5 @605

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