解釈解体

 看板には「CE‐CO CLINIC」と書かれていた。山中の廃病院。どうやらここが「せこブリーダー」がせこを受け渡していた場所らしい。

 ここを見つけたのは突如姿を消した青黄桜の追跡の結果だ。青黄桜には行動に制限を課していた。私が彼女を守るように何重にも仕掛けた保護の領域――それを遵守させるために。

 だが青黄桜はある日の下校中に姿を消した。逃げ出したわけではないことは確実だった。彼女はカッパ製薬への復讐心と、自分と同じ姿をした擬態準位デミへの執着で絡め取られている。

 青黄桜のは私に即座に伝わった。私の解釈の領域の中から忽然と姿を消した時点で、彼女の身に危険が迫っていることは明白だった。

 追跡は迅速に行われた。私は青黄桜の下校ルートをたどり、彼女がどこで、どのように姿を消したのかを見極めた。無限にも等しい解釈の余地から己にとって最適な解釈を導き出す――私に取り憑いた妖怪は、そんな芸当もできる。

 私は山の中へと分け入る。青黄桜はどうやら、河童――いや、せこに抱えられて山道を運ばれていった。まったく同じ道筋をたどり、私はその建物を発見した。

 すぐさま防除班に連絡し、武装の上襲撃するように伝える。防除班が到着するまでの間、私は森の中で息を潜めて建物の様子をじっと窺い続ける。私一人でも青黄桜の救出は可能かもしれないが、河童や河童懲罰士のような直接的な暴力の手段が私にはない。河童は河童懲罰士に任せるに限る。

 外からは内部の様子はわからない。物音もない。匂いも漂ってこない。解釈のしようがないが、それは内部の話。私の中で稼働し続ける妖怪は、絶えず貪るようにこの朽ちた建物に解釈を与え続けていた。

 防除班の二名が到着し、内部へと突入。だが予想された戦闘は起こらなかった。ぴんぴんした青黄桜が、PCDドライバーを手にこちらに走ってきたからだ。

 異状は見当たらない。表情、口調、筋肉の動かし方――どれも青黄桜に間違いはなかった。

 青黄桜から事情を聴き、建物内を捜索。彼女の言葉通り、ここは人造河童――せこの実験場であったことが判明。PCDドライバーを複数、CCCドライバーを一つ発見、回収を行う。

 あとのことを防除班に任せ、私は一人外の看板の前に立っていた。

「あのー、鹿村さん?」

 軽薄な口調。だがその奥には逼迫した緊張。防除班のメンバー、北村健一が携帯電話を手にこちらに歩いてきていた。

「なんでしょう」

「いやね、さっき班長――今はのお偉いさんの笠井本部長、だったっけ? からメールが入りまして」

 言うが早いがスマートフォンの画面を私に見せる。

 メールの文面は短かった。文面と呼ぶほどのものですらない。

「プログラム細胞死――」

 私は即座に笠井の意図と警告を察する。

 人造河童、自己増殖する低質〈ディスク〉、PCDプログラム細胞死ドライバー。

「青黄さんと、擬態準位デミ――コンは、今どこに」

「バンの中で安静にしてもらってます。ホントはすぐに病院行ったほうがいいんでしょうけど、〈ディスク〉の影響ばかりは医者じゃどうしようもないっすからね」

 自身も〈ディスク〉を埋め込まれた経験を持つ北村は、他人事と聞こえるように努めて言葉を吐き出す。

「すぐに向かいます。車は来た時と同じ位置に?」

「ええ。けどなんかありました?」

 あの擬態準位デミは危険だ。だが口にはしないし表情にも出さない。お人好しの防除班は、擬態準位デミにすら愛着を持っている。それで以前に何が起きたのか、覚えていないわけでもないだろうに。

 バンのバックドアを開け、トランクルームで寝かされている青黄桜を確認。その横で増設されている椅子に腰かけている青黄桜と同じ顔をした河童。

 吸い上げる。情報を。違和感を。可能性の分布を。脳が焼ける感覚。すべての解釈の余地を食い尽くさんと稼働する負荷で、私の脳のほうが先に崩れそうになる。

「うぐ――」

 河童が呻く。解釈による侵食は概念形成体である河童を生きたまま腑分けする行為に等しい。苦痛は今の私の比ではないはずだ。

「コン?」

 横たわっていた青黄桜が首を横に向ける。河童を凝視する私と、苦痛に悶える河童が目に入ることになる。

「鹿村、なにやってる」

 取り合わない。骨格フレームの掌握完了。情報核への侵入開始。同時に形成体全体へ自壊アルゴリズムを強制適用。絶え間ない発火によって私の脳神経がいくらか断裂する。

「鹿村ァ!」

 いきなり胸を蹴られ、私は息を詰まらせてバンの外の下生えに尻餅をつく。

「なにやってるか知らねえけど、なんかやばそうだったから止めた」

 これ以上の解釈は私のほうが耐えられない。図らずも寸前で青黄桜に命を救われたらしい。

「そんなに大切ですか」

「当たり前だろ。一緒に住んでる仲だ」

 私は一瞬呆気に取られて、そのまま解釈が定まらずに硬直する。

 河童のことを訊いたのだが、青黄桜は私も含めて大切だと言ってのけた。

「お前、そんな顔するんだな……」

 冷却は終わった。もう今のような遅れはとらない。

 どうやら河童を解体しようとしていた私は、予想以上の負荷に傍から見ても異常なほどの様相を呈していたらしい。

 青黄桜が止めようとしたのは、河童を殺そうとしていた私ではなく、解釈の涯から帰ってこられなくなりそうだった私のほうだった、ということか。

 下準備もなく擬態準位デミの河童を即座に解体するのは今の私には難しい。ならばやることは決まっている。

 バンに戻ってきた防除班の面々と、青黄桜に、私は冷淡に言い放つ。

「この河童の殺処分を行ってください。今すぐに」

 無論、誰も賛同はしない。予想はついていたが、本当にお人好しの集まりらしい。

「放っておいてもこの河童は間もなく死にます」

「はあ? おい鹿村――」

「問題は死に方です。この河童はPCDドライバーの被検体として選ばれた。被検体としての責務を全うして死ぬことは避けなければならない」

「プログラム細胞死――やっぱり、PCDドライバーは……」

 小林が桜とコンが手にしているドライバーに目を走らせる。

「はい。PCDドライバー、その試作機は、テスターの死という機能によって完成を迎えるものと思われます」

「どういうことだよ。小林はなんかわかってます感出してるけど、わかってないの俺だけじゃないよな? 桜ちゃん」

 困惑する北村と同調する青黄桜。

「PCDドライバーはそもそもが、装着者の死を前提として設計されていると私は判断しました。これを装着し河童懲罰士となる者は、死ぬ」

「待てよ。コンは死んでない。私もさっきこれを使ったけど、生きてるじゃねえか」

「試作機の目的はデータ収集です。装着者が死ぬまでのプロセスを長期化させ、その間のデータを収集する。装着者の死のデータを回収した時に試作機は役割を終え、本当の次世代機に交代するものと思われます」

「逆に言えば装着者の死のデータがなければ、次世代機は作れない、と?」

「そこまで楽観視はしていません。ですが計画に幾ばくかの遅れを発生させることはできるかと」

「はあ? そんな理由でコンを殺すっていうのか⁉ そんな、カッパ製薬への嫌がらせのためだけに――」

 言いながら、青黄桜はぎゅっと唇を結んだ。

 カッパ製薬への嫌がらせのためだけに人生をなげうった少女は、ここで急に内省を始める。自分の半身を奪われる段になって、やっと己の行いの無為なことに気づき始めた。

「残念だけど、手遅れっぽいっすね」

 北村が携帯端末を見て乾いた笑いを漏らす。やっていられない――とでも言いたげに。

「いま市内では大量の河童が発生。それを駆除するためにカッパ製薬は河童懲罰士の大規模部隊を投入したらしい」

 青黄桜も自分のスマホを見て絶句している。横目で覗き込んだその画面には、整列した灰色の甲冑騎士――PCDドライバーを装着した河童懲罰士の一団が表示されている。

「また、カッパ製薬は河童への自衛手段として、新商品、PCDドライバーを市民に無料配布。キミもこれで河童懲罰士だ!」

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CCC 河童懲罰C**** 久佐馬野景 @nokagekusaba

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