アポトーシス
データは揃った。PCDドライバーの量産態勢も順調。全てうまくいっている。うまくいきすぎているのか――。
カッパ製薬の準備を見計らったかのように市内に出没を始めた人工河童――せこ。
せこは人間を素体としている。有益と呼べる〈
ところが、今のカッパ製薬には「研究会」が去ったあとで自社開発に成功した次世代型〈
PCDドライバーは構造上、挿入したディスクから概念形成体を展開する際に、〈
より少ない情報量でより精度の高い〈
そういう意味でも、せことPCDドライバーは相性がいいと言えた。
せこのクズ〈
加えて、せこと名付けられた自己複製する〈
笠井雅也は上層部の思惑を知り、もはや止める手立てがないことに慄然とする。自分もまたこの計画に加担していた側だとわかっていても、あまりにおぞましいせことPCDドライバーの活用法は笠井を震え上がらせるのに十分だった。
編纂室の岸から情報を流してもらいながら、笠井はじっと息を潜めてカッパ製薬上層部の動きを追っていた。
二年前の爆発事故――CCCドライバーの喪失の時点で、「研究会」はカッパ製薬内部から手を引いた。だが本当に恐れるべきだったのは、そもそも〈
せこを作り出したのは、おそらくカッパ製薬だ。「研究会」の介在はあったのかもしれない。だが笠井が社内の人事や金の動きを執念深く追求していった結果、〈
せこクリニックという会社自体は実態のないペーパーカンパニーだったが、そこに集まった人選が問題だった。CCCドライバー、PCDドライバー、〈
もはや疑う余地はない。カッパ製薬はせこの蔓延とPCDドライバーの流通というマッチポンプを行おうとしている。PCDドライバーの設計理念とせこの相性は極めて良好だった。
まもなく市内にはせこが溢れかえる。そのタイミングでカッパ製薬はPCDドライバーをばら撒く。河童を河童懲罰士が懲罰する。カッパ製薬の栄華のサイクルに変わりはない。
笠井にはもはやどうしようもないところまで事態は進展している。この裏側を探るために笠井はカッパ製薬の暗部に触れすぎた。笠井という人間はすでにカッパ製薬の思惑の中に組み込まれ、どうあがいても抜け出すことのできないところまで行き着いてしまっていた。笠井の現在の行動は上層部に筒抜けになってしまっているだろうし、下手に動けばそれすらも利用してカッパ製薬は上手を取ってくる。もともとがカッパ製薬創業者一族に仕えてきた会社員である笠井には、最初から勝ち目はなかった。それどころか自ら進んで暗部に踏み込み、カッパ製薬の思惑通りにしか動けなくなるように墓穴を掘った。
笠井は静かに考える。心中まではカッパ製薬の自由にはできない。自分はもともと、菅原沙羅を取り戻すことを願っていたはずだった。終生の主として仕えることを決めたお嬢様。そう考えている時点で、笠井の心はカッパ製薬に囚われている。
笠井は意を決して、私用の携帯電話を取り出す。
できないことが多すぎる。その中でできることをやるのなら、せいぜい大きな破滅を起こす方向に舵をとれ。
カッパクリーンセンターに対して送ったメッセージは以下の通り。
PCD
Programmed cell death
笠井にできるのはここまでだった。
――PCDドライバーは、装着者の計画的な死によって完成する。
そんな代物が、今からばら撒かれる。
河童であるコンを守る――防除班にあるまじき行為が、この先に待ち受ける地獄を少しだけ引き延ばすことができる。
笠井の意図は伝わるはずだ。あちらには今、特テのリエゾンが控えている。彼女ならば即座にアルファベット二行のメッセージから全てを読み解く。
だが、増殖したせこはもう止まらない。対抗措置としてPCDドライバーは必ず必要となる。
「兵頭――」
希望があるとするのなら、CCCドライバーを保有する彼女か、あるいは――。
笠井のデスクの内線が鳴った。十分も経っていないうちに、笠井の軽率な行動は把握されてしまったらしい。これから呼び出しを食らうことになるだろう。
防除班とは、ずいぶん遠い場所に離れてしまった。
おそらくもう二度と戻ることのない日々を思い返してから、笠井は内線を取った。
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