第7幕 これで異世界の首の話はおしまい
「あなたは、かつて私の夫であった男の首を依り代に私がこの世界に転生させたのです」
「えっ!?」
フィリアの言葉に驚きの声を上げる。
「この石室には最近になって馬の首塚という名前が付きました。この場所を守護していた半人半馬の騎士が教皇派の刺客に首をはねられたからです。私の夫でした。私はどうしても夫をあきらめきれず、サイフ村の魔女シコラスクに頼んで夫の生首に別の世界の魂を宿らせた」
「どういうことだ?」
「夫は蘇らない。でも、首だけでも一緒にいられる。それが嬉しかった。それだけ」
フィリアの優しさは僕に向けられたものではなかった。
僕は怒りにまかせて怒鳴り散らす。
「身を挺して僕を助けたのも、全部夫のためってわけだ」
「それは違っ……」
「今すぐに僕の前から消えてくれ」
フィリアは涙を流しながら石室を出ていった。
「まあ待ってくれ。彼女だって悪気があったわけではない。お前も混乱しているだけだ。少し頭を冷やすんだ」
デズデモーナはフィリアを弁護してから、追いかけて行った。僕にはフィリアもデズデモーナもつかんで引き止める手がない。そう言い訳しながら、ただ見ているしかなかった。
ミランダが皇帝の遺体を引きずって出ていくと、僕だけが冷たい祭壇の上に取り残される。
「どうしてこんなことに……僕のせいなのか? 」
後悔してもしきれない。最後に見たのが泣き顔なんて。せめてもう一度だけ、フィリアに会いたかった。そう願っているうちに意識が遠のいた。
***
次に目覚めた時、目の前にいたのはシコラスクだった。
「おや、おやおやおやおや。どこかで見た首かと思えば、我がはねた騎士の首じゃないか」
「あんたがやったのか。いったい何がしたいんだ。フィリアの夫の首をはねたり、その首に僕を憑依させたり」
「すべては黒色妖精女神マブのお導き。マブ神は転生者の知識を欲しておられる。けして悪いようにはしない、我らに協力せよ」
「少し考えさせて欲しい」
「いいだろう。時間はいくらでもある。好きなだけ悩むといい」
シコラスクは僕に考える時間を与えた。その間に僕は、僕がこの世界に来た経緯について考えた。
「僕は現実世界で死んだのか?」
「いいや、死んではいない。お前の肉体はまだ生きている」
「ならなぜ僕の意識はここにいるんだ」
「さぁな。我のせいではないぞ。フィリアが転生術にすがってきたのが悪い」
シコラスクはそう言い残すと、ばつが悪そうに出て行った。
僕も外に出ようとすると、赤い盾を持った兵隊二人に止められた。確か教皇派とかいう奴らだ。
何が悪いようにはしないだ。僕が協力するまで監禁するつもりじゃないか。
僕は眠っているフリをして、現実世界の体のほうを動かした。
現実世界でやらなければならないことがある。
僕は入谷楓さんに頼んで、辞めた病院まで連れてきてもらった。いきなり投げ出して辞めたことを謝って謝って謝って謝って。それで許してもらえたのか分からないけど、もう一度働けることになった。
こんな首のない得体の知れぬ人間を雇ってくれるというのだ。僕は病院のみんなにも楓さんにも感謝した。
「おい! 起きろ!」
優しい現実から引き戻される。せっかく現実に逃避していたというのに。
目を覚ますとまたシコラスクがいた。
「いくら待っても助けなんてこないぞ。フィリアもプロスペロー大公もミランダ皇妃もペルディータ姫もデズデモーナ将軍もサイフ村に引き込もっているからな。なんだ? 何をしているんだ」
シコラスクの質問には答えず、僕はは無表情に咳払いして聞き返した。
「コホンコホン、それは近くにフィリアたちはいないってことだな? よかった。それじゃあさっさと帰らせてもらうよ」
「教皇派の兵たちが詰め、密閉されている石室から出れはしない」
これは看護士であろうがなかろうがやってはいけないことだ。僕はそれをあえてやる。
「クシュン! 僕の世界には医者の不養生という言葉がある。病院で働いていれば風邪くらいひくもんだ。ゴホッゴホッ!! 僕は大丈夫、免疫があるからね。でも未知のウイルスと始めて接する君たちはどうかな?」
僕を拘束する兵たちに次々と感染していく謎の病魔。
異世界に現実世界のものを持ち込むことはできない。だが僕の首は異世界に、僕の体は現実世界にある。病気にかかることで、ウイルスを持ち込むことはできた。
苦しんでいる兵士たちを見て驚く。まさかこの世界で、風邪がインフルエンザ並に重篤化するとは思わなかった。
僕を捕まえていた兵士の半数は苦しみながら倒れ、残りは慌てて逃げていった。
またひとりぼっちだ。これで異世界の首の話はおしまい。
現実世界のほうの僕はどうなったかって?
そこには病院で元気に働く首なしの姿が。
「もう僕、異世界に行ったりしないよ」
完
首になって異世界に行った話 陰野ぼんさい @kagenobonsai
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