第6話 西風(ゼファー)と共に
翌朝、アンドロイドに起こされた。綾瀬重工製の家事支援アンドロイドだった。人とそっくりな動作をするという人気モデルだったが、金属とプラスティックで構成される外見は昨日出会った試作型とは大きく異なっている。
試作型? 俺は何を考えているんだ。そんなものには出会っていない。
「おはようございます。正蔵様。私は家事支援アンドロイドのシドニーと申します」
「おはよう、シドニー。ここは?」
「ここは綾瀬紀子博士のご自宅でございます。昨夜はこちらにお泊りになられました」
「えーっと。そうだっけ」
「そうでございます」
酒を飲んだのだろうか。昨夜の記憶が全くない。免許を取得して頼爺の所へ行って……、はて、それからどうしたのだろうか?
「朝食の準備ができております。本日はホットドッグとコーヒーでございます。その他ご所望であれば遠慮なくお申し付けください」
「ありがとう」
全く腑に落ちないのだが、目の前のホットドッグにかぶりつく。それを咀嚼しながらまた思い出そうとするのだが、思い出せない。
俺は昨日何をしてたんだろうか……。
「俺は昨夜一人でここに来たのか?」
「はい。そうでございます。私がお世話いたしました」
「紀子博士と睦月はどうしたんだ?」
「お二人は外出されております。本日の午後お戻りになられる予定となっております」
「そうだっけ」
「そうでございます」
素っ気なく返事をするシドニーだった。
釈然としないのだが、否定できる記憶はない。
悩んでも仕方がないので朝食に専念する。
ホットドックを平らげ、コーヒーを飲みながら考えてみる。
昨日は……やっぱり思い出せない。
歯を磨いているとシドニーが声をかけてきた。
「正蔵様、車両が届いたようです。お仕度を済ませて表へ出ていただけますか」
「車両って?」
「綾瀬重工修理部萩出張所よりのお届け物です」
ここに届ける手はずだったのか。
身支度を済ませヘルメットを掴み表へ出る。
そこには昨日見た車両……じゃない奴がいた。
いや、昨日見た車両なんてないじゃないか。俺は何を考えているんだ。
朝日を受けて輝くライムグリーンの車両がポツリと駐車してあった。角ばったタンクに角型のライトとビキニカウル。ZRXかと思ったが、エンジンは空冷だった。そこにいた綾瀬の社員らしき人が話し始める。
「おはようございます。正蔵様。私、綾瀬重工修理部の金森と申します。綾瀬部長から伝言です。『一日遅れて申し訳ない。希望通りライムグリーンのカワサキ車だ。心して乗れよ』との事です」
「ありがとうございます。ところでこれは?」
「これはですね。92年型のゼファーに2008年型ZRXの外装を組み合わせています。400㏄ですよ。タンク、シートカウル、サイドカバーまで無理なくぴったりとはめ込んでいるのは、航空機整備で培った我が工場の技術力のたまものです」
「わざわざゼファーベースにしなくてもそのままZRXでよかったのでは?」
「坊ちゃん。水冷のジェットエンジンなんて無いのですよ。冷却機構は無駄なのです。優れた空冷エンジンこそが傑作エンジンなのです」
ジェットエンジンとピストンエンジンをどう比較するのだろうか。疑問は尽きないがそこは突っ込まないようにする。
ゼファーに跨りサイドスタンドを上げる。クラッチを切ってセルを回す。
エンジンは一発でかかった。
集合管の排気音が小気味よい。
俺はシドニーと金森氏に礼を言いゼファーをスタートさせた。
このパワフルとは言えないエンジンは、免許取り立ての俺にはちょうどいいのかもしれない。
朝日を背に西へ向かう。
秋の風は少し冷たかったが優しくて穏やかだった。
俺はこれから、このゼファーと共に夢を見るのだろう。
了
初体験はタンデムで 暗黒星雲 @darknebula
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