第九章 そしてふたりは散っていく、光と闇の垣根を越えて

第九章 そしてふたりは散っていく、光と闇の垣根を越えて

 少年と少女は互いに剣を向け合い飛び込んだ。その剣にまとうのは相反する力同士、それは決して交じり合うことなくそれぞれが前に突き進む。

 その勢いで二つの剣は同時に相手の心臓を貫いていた。


 少年も少女も止まらなかった。止めることができなかった。どうあがいても近づくことができないことを心のどこかふたりは悟ってしまったからだった。

 本当に心の底から求めているのにそれには決して近づけない。でも何とかして近づきたいから前に歩み出た。なんとしても歩み出たかった。

 歩む足を止められなかった。


 結果、少年と少女は衝突してしまった。


 抑えきれない感情が前に歩む足を止めなかった。とにかく前に進む意外に……彼らには選ぶ道が見えなかった。もう、相手のことしか頭になかったから。すべてを投げ打って相手に近づきたかったから。


 結果、少年と少女は……心臓を貫きあった。


 短い黒髪を持つ少年、長い白髪を持つ少女、やがてふたりの口元から血が流れ始めた。それに伴いゆっくりとふたりは地面に向かって崩れ落ちていく。

 だが、決してふたりは混じり合わない。交差するように、互いの体がぶつかり合うこともなく、ゆっくりと小さく静かな音を立てて同時に倒れ込んだ。


「おれは……お前に闇であってほしかった。光なんかじゃ……なく、闇の……ままでいて……欲しかった。今からでもいい……闇に……戻れない……のか……?」


「戻れない……例え戻れたとしても……戻りたくなどない。わたしが惹かれた相手は……光り輝く……君だった……。そんな君が……闇に染まっている姿なんて……見続けたくない。だからこそ……わたしは……光になったの……だから」


「おれだって……光を放つお前を見たくない。お前の闇に惹かれたから、……おれは闇を手に入れたのに……結局、光と闇は……相反するものでしか……ないってわけだ」


 互いが黙る。そこには虚しい沈黙がひたすら流れる。


 少女は唇を噛み締めた。なけなしの力で地面の土を握り締める。


「わたしは……光に惹かれては……いけなかったのか? 君に惹かれたのが……間違いだったのか?」


「おれも……いまは思ってる……お前に惹かれた自分は愚かだったのかな……てな。確かに……惹かれなかったら……互いで互いを剣で刺すことはなかったかもな……。

 でもよ……惹かれあうってのはすばらしいことのはずなんだよ……。惹かれあうって……すごいことのはずなんだよ……。むしろ……、惹かれあう先に……未来とかあるんじゃ……ねえか?」


「未来……か? 今のわたしたちに……未来など……死ぬ以外……ないけど」


「そうだな……結局おれたちは……光と闇……反する力同士。惹かれあっても……交じり合うことはない。同じ世界に……立てねえ」


「がむしゃらに近づこうとしても……気が付けば……相反する力を手に入れても……、本当に欲しかったのは……別の世界にあるまま……てわけか……クッソ……虚しいな……」


 そのとき、少年と少女の目から一筋の涙が流れた。それはどうあがいてもたどり着けないものがあると知った絶望ゆえ流されたもの。現実を知ってその現実の……理不尽さに……ふたりは涙をこぼすほかなかった。


 それでも……ふたりは同時に手を伸ばした。最後の力を振り絞って必死に天に向かってひたすら手を伸ばす。欲しいものを掴み取るため、まだ……掴めるのではないかと……必死に空を掴み続ける。


 でもそれは、あまりに滑稽な姿といえよう。まるで近くにあるように見えて、ずっと遠くにあって決して手に入れることができないものを何とかして手に入れようとあがいている姿。ひたすら手にできないものを目指して足掻くその手は決して望むものを掴めない。


 やがてその手の力も尽きる。少年と少女は口から血を吐き出しながら、天に向かって伸ばしていた手の力が抜けていく。それは力く崩れ落ちる。


「ダメだ……視界が……薄れてきやがった」


「わたしもだ……手の感覚が……」


「せめて……次の世界で、出会えることを祈ろうぜ。いや、会える。そんな気がする」


「その世界は……光も闇も関係ない。わたしたちが横に並べる世界だといいな」


「きっとそうさ。そのときは……手を取り合ってみたいな」


「ああ、きっとな」


 ゆっくり、二人のまぶたが落ちていく。ふたりの意識は遠い、遠い世界に……消えていった。




 ふたりは知らない。光も闇もない世界では……そもそも彼らは惹かれない。少年は闇を放つ少女に惹かれ、少女は光を放つ少年に惹かれたのだから。


 光と闇が存在しなければそもそも彼らは惹かれあうことなどなかった。でも、光と闇があるからこそ、彼らは決してお互いの手を握り締め合うことはできない。そんな残酷な運命のなか、彼らは必死にもがいたのだった。


 だが、必ずしもふたりは違うとは言えなかった。


 ふたりが倒れこむ地面には白でも黒でもない色の血が地面に溜まっていった。音もなく静かにふたりの体から血液が流れ続ける。


 互いの血が混じり合い、ひとつの池を作り上げる。二人から流れる血は奇しくも、いやそれは必然か、同じ赤い色をしていた。そして混じり合っても同じ赤で有り続けた。

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オセロ 亥BAR @tadasi

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