第八章 光と闇(2)
ノワールは今目の前で完全に闇になりきってしまったブランを見てしまった。もはやあの美しい白い髪の毛は残ってなどいない。ブランの中から……光が……消えてしまった。なんで……自分が望んでいたブランとは……あまりにほど遠い姿。
いや……違う。光は完全に消えはしないのだ。闇で見えないだけで奥にはまだ光がともっているはず。実際にノワールはそうだったのだ。さっきまであった光が……そう簡単に……消えるはずなどない!
「やめろ……! だめだ! ブラン、光を失うな! 光を……取り戻せ! 君のなかにはまだ……まだ光が灯っているはずだ! いますぐだ……今すぐ取り戻せ!」
「ふざけるな! おれは……お前はお前に近づくために……どれほどの思いでこの闇を受け入れる覚悟をしたか!」
「こっちだって! 闇を捨てて……やっとの思いで光を手に入れたんだ! 家族を裏切ってでも光を手に入れた。すべては君に近づきたい一心で! でも……なんで君は……そうも、わたしが望んだブランの姿から離れていく?」
なおも目の前で揺れるブランの黒い闇。見るにも耐えない……そんなブランなど……。
「なぜ……そんな闇になってしまったんだ? 君はわたしに近づく必要なんてなかったんだ。そこで待っていてくれればわたしが……近づけたのに!! わたしは……君のそんな闇なんて欲しくない! 君から放たれていたまぶしい光こそが!」
「それでも……おれは……お前の闇が好きだった。お前が好きだった! でも……今のお前はお前じゃない」
「違う、これがわたし、これこそが望んだわたし! 光となって君の隣にいたいという気持ちだ! これが……わたしが望んだ……すべてを照らす光だ!!」
胸に感じる暖かい光を全身にかけめぐらせる。体内に残っている闇が消えて行き、代わりに光が膨れ上がる。輝かしい光が体の全てを支配していく。心地よい、暖かい、美しい、本当にずっと望み続けていた光が……今自分のものとなっているのだ。
ひたすら望んであがいて……ついに手にした本当の光。黒い髪は完全に消え去りすべてが白く長い髪に成り代わる。やっと……やっと手に入れられたのだ。
なのに……なぜ……!? 美しい光を手に入れたのに……ずっと憧れていたのが手に入ったのに……きっと嬉しさに満ち溢れると思ったのに……、ブランの隣にこれで立てるはずだったのに……君は……遠いところにいるのかな?
「闇になど……染まって欲しくなかった! わたしにとって惹かれる光であって欲しかった、有り続けて欲しかった。わたしの希望という光になってほしかったのに……なぜ……そんな姿に……?」
ノワールは心の底から本当の思いを告げるもブランの目は鋭いものに変わってしまった。右手高く上げ闇の力が溢れ始める。
「それは……こっちのセリフなんだよ。お前の髪から……黒が消えた。闇が消えたんだぞ! あれほど放っていた漆黒の闇がなくなったんだぞ! こんなもったいないことなどほかにあるか! ノワール……今からでも間に合う! 闇を取り戻せ!」
「断る! そっちこそ、光を取り戻せ、ブラン!」
再び力が衝突、けれどもやはり混じり合わない。そしてどちらかの力が相手の力に染まることも……ない。
光のこぶしと闇のこぶしが衝突したまますべてが停止。衝撃も収まり重なり合うこぶし。緩やかな風がノワールとブランの間に流れ肌をなでる。その風は……実に虚しい感情を押し引き出すように冷たく……強い。
なんで……まだ殴り合っているのかな? 近づくために光を手に入れて……こうしてブランと向き合っているのに……なぜ……こぶしがぶつかり合う?
「ブラン……お願いだ、君が光を取り戻すだけですべての話は終わるんだ」
「それだと……おれが望んでいるお前じゃないだろ、闇をまとうお前が……」
いくら言い合っても無意味だ……。ならと、こぶしをゆっくり離し数歩下がると鞘から剣を引き抜き、ブランの前で構えた。
「だったら、君に……光を思い出させてあげる。わたしが見たあの美しく眩しい光を君に見せてあげる。思い出せ! 自分が放っていた光を!」
右手で剣のさやを強く握り締める。それに合わせ光の力を一気に込める。初めてブランと相対したとき、ブランがやっていたことを……今度は自分で行う。これでブランが……光を思い出してくれれば!
やがて剣先に一筋の光が生まれやがて剣全体が輝き始めた。
「これが……わたしが見た君が放っていた光だ!」
だが、一方でブランもまた剣を取り出し、闇の力を剣に集中させていた、かつてノワールがやっていたように。
「お前こそ思い出せよ。お前が放っていた闇をよ」
確かに見ている。ブランの剣から放たれるのはかつてノワールが放っていた闇みたいな力だ。でも、ノワールからしてみれば薄汚いものにしか見えない。ブランがもともと放っていた光の方が……よっぽど綺麗だ。思い出すも何もない、もともと……自分が持っていた闇なんて……たいしたものじゃない。
ブラン……やはり君は……光以外にはない!
「ブラン!!」
「ノワール!!」
光の力を宿す剣と闇の力を宿す剣が甲高い擦過音を奏でて火花散らす。それに合わせはじかれるお互いの剣。ノワールはそこから流れるように反動を利用し更なる一撃を目指す。この光……ブランに届け!
想いをのせたブランめがけた袈裟斬り。光の軌跡が空を描き閃光となりブランに斬りかかる。だが、ブランは素早く肩から斜めに下がるように避けるとすぐさま反撃にでてきた。ブランからの攻撃は突き刺しの一閃。
暗い闇がノワールの顔めがけて襲いかかる。
「クッ」
とっさの判断で首を横に倒す。それとともにすぐ横を貫く闇をまとう剣。頬に刃がかすったのか、剣が通った付近になにか熱いものが込上がってくる。しばらくして、ツゥーと何かが流れる感覚を得て少し血が出てしまったのだと理解した。
そこから流れ込むのは闇の力。それを感じ慌ててこちらを光の剣を突き出した。ブランはこちらに攻撃をかすらせたことに油断していたのか、反応が遅れたらしい。同じように首を横に倒し避けるも確かに頬をかすらせた。
その後、互いに剣を振り合い、それをまた避け合う。数度の攻防が繰り広げられたあと、最後に剣同士が金属音とともにぶつかり合い、その衝撃で再びふたりは距離をとった。
ブランと距離を保ったまま自分の頬を手で拭う。やはり血が出ていたらしく、拭った手に少し血が付いた。同時にブランもまた頬の傷を拭う。
互いの頬には傷ついた部分に相手の力が疼いていた。こちらが贈り尽きた光の力がブランの頬に渦巻くようにノワールの頬にもまた闇が渦巻いしている。
だが……それでも……。
「ハァ!!」
頬に流れかけていた闇は綺麗さっぱり光で浄化してやった。これ以上、ブランと離れたくない。また闇に戻るなんてゴメンだ。ブラン、君はその光をもう一度……。
「こんな光で……ハァ!!」
だが、そんなことはなかった。ブランもまた軽くノワールが送った光を消し飛ばしてしまう。いくらやっても……変わらない。ふたりの間に広がる距離は……変わらない。
「なんでよ……どうすればいいんだ!?」
「なんでだ……どうすればいいんだ!?」
互いに解き放つ力は周囲を巻き込み膨張しやはりまたぶつかり合う。なんどもなんどもぶつかり合う……。でも結局、まったく変わらない。
「ああ、もう! いい加減、光に戻れ、ブラン!!」
「そっちこそ! 闇に戻ってくれよ、ノワール!!」
もう、がむしゃらだった。どうにもできない。どうあがいても距離は縮まらない。でも、何とかしてブランに近づきたい。輝いていたブランの姿を見たい。その思いだけを胸に闇の剣を前に突き出した。
そしてブランもまた光の剣を前に突き出した。
ノワールとブランの剣が引き寄せられ、やがて交差する。それでも止まらず剣は前に突き進んだ。
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