第八章 光と闇

第八章 光と闇(1)

 太陽がどんどん登っていく昼。本物の光が大地を照らす。だが、ブランの奥に広がっているのは本物の闇。右手に今も本物の闇を感じることができる。

 大地に吹く風がブランと目の前にいる人物の髪を大きく揺らす。


 そして……ついに……ついに……ついについについに……ノワールと……本当の意味で正面から向きあえることができた。


 どれほどあがいて、どれほど求め続けていたか。とにかく必死に近づこうとしていて、今目の前にまで近づくことができたはずだ。そして……言おうと思っていた、自分の思いを……。


 でも……でも……でもでもでも……


「なんで……? なんで……?」


 ノワールの七割ほど白色に変色してしまった髪を指差しながら、ブランは……嘆いた。


「なんで!? あの……深い闇はどこにいった、ノワール!?」


 だが、ノワールもまた疑問を投げかける目をしていた。


「そっちこそ……なぜだ。なぜ、お前から光を感じられないのだ?」


 ……あれ? おかしい。なぜだ……本物の闇を手に入れたはず何の……ノワールに近づけたと思っていたのに……なぜ……まだ遠い場所にいる?

 やっと闇を手に入れて……ノワールと同じ闇の世界に行けたと思っていたのに……なぜあいつは……光の世界に足を踏み入れているのだ? 違う、こんなのは違う。こんなわけはない!


「ノワール……おれは……ただお前に近づきたくて……こうして闇の力を手に入れたんだ! 見てくれよ! これこそが……おれが手に入れた闇なんだ!」


 そう言って闇の力を一気に解放させた。奥から途方もなく押し寄せる黒く深い力がブランの体を包み込み、オーラとして体から解き放たれる。まさに、ノワールが昔放っていた闇のように。


 だが対してノワールは見開いた表情のままひたすら首を振り出した。


「違う、そのブランはわたしが望んだブランじゃない!」

「それはこっちも同じだ! 闇を放つお前こそがお前なんだよ! 闇はどうした!?」


「あんな……薄汚い力などいるものか! わたしは……わたしは……君が放つ光に近づきたかった、そんな君に近づきたかったんだ!!」


 そういうノワールは力を込めはじめる。そして広がる手と共に、強烈な閃光がノワールの体から放たれた。本当にまぶしくて紛れもない光だ。そんな力がノワールの闇にとって代わって今目の前に広がっている。でも……


 違うだろ……そんなのノワールじゃない……。


「ブラン、君は光であるべきだ。なら、もう一度わたしの手で……わたしの光をもって君の闇を浄化してやる。光を取り戻せ、ブラン!」


 ついにノワールが動き出した。強烈な踏み込みと共に光の力をまとう掌底打ちがブランに向かって伸びてくる。それに対し半ば反射的に右こぶしを突き出した。こちらの右こぶしは闇が乗った一撃、白い輝きを放つ光と黒い深みを持つ闇がインパクト。激しい衝撃があたりにまで広がっては木々を揺らし、ざわつく音を引き起こした。


 そこから生まれる白と黒の境界線、その境界線はあまりにはっきりと白黒分かれており、微塵たりともその力がまじりあうことなく、反発し続ける。今回はその白と黒の立場こそ違えどやはり同じ。反発しあい弾きあった二人は一歩後ろに下がった。


「ノワール、やめろ! もう、おれは戦うつもりで来たんじゃない! おれは……おれは……お前に気かづくためにきたのに!」


「それはわたしも同じだ! だが、君が光でない以上……もう一度光に君を染めるしかないだろう!」


「なんで……なんでそこまで光を求める! おれは……お前の闇こそが……闇が!」

「闇じゃない、光こそ望むべきもの!」


 再び光の一撃を打ってくるノワール。今度は打って出ることはせず、闇の障壁を展開しノワールの攻撃を受け止めた。


 障壁面に広がるノワールの光。本気でノワールはブランを光で染めようとしてきている。でも……光を放つノワールなど……そんなのは……。


「クソッ……だったら……だったら…、お前が光でおれが光に染められるぐらいなら、おれがもう一度お前を闇に染め直してやる! ……深い闇こそノワールなんだよ!」


 右手をノワールに向かって突き出し、闇の力を注ぎ込む。その一撃はノワールの右手と再び衝突した。お互いに力を注ぎ込みあう故、さっきよりも反発の度合いが強烈なものになった。

 それこそ忌み嫌いあうもの同士のように……天使と悪魔の関係のように……光と闇の関係のように……激しい反発が右手から全身に伝わり、後ろにある岩に体ごとたたきつけられた。


 同様に反発したノワールもまた後ろの木にぶち当たり、上に生い茂る葉っぱをチラつかせた。


「チクショウ……なぜだ、なぜだ……!」


 地面に一度こぶしをたたきつけるノワール。その振動が光の鼓動となりブランのいる場所にまで伝わる。もう、本当に奴から感じられるのは闇ではなく光になっているのだとつくづく実感してしまう。


 再び、ゆっくりとお互い歩み寄る。それはとにかく相手に近づきたいから。とにかく、ノワールに近づきたいゆえに。本当の意味で……近づきたいから。


「ブラン! なぜ君は……なぜわざわざ汚い闇を好む!? 君から感じられたあの光は……君が放っていたあの輝きは……本当に美しかったのに。それをすでに持っていたのに……なぜ捨て去った!?」


「違う、闇は汚いものなんかじゃない! おれにはお前が放つ闇のほうがずっと美しく感じたんだ! お前の闇が……おれの戦う理由なんだよ! おれが求めるものなんだ!」


「闇などきれいなものか! 闇は……光にみたいに輝かない!」


「闇には深みがある。あの深みは……美しいというほかにない! それに……輝く闇だってある。輝く黒だってあるように」


「黒が……黒が輝くものか!!」


 近づいたその瞬間、ノワールから強烈なこぶしの一撃がブランの頬にヒットした。その衝撃に対し首を回し受け流しながら、足に踏ん張りを効かせなおノワールを見据える。


「輝く黒も……ある!」


 感情に任せて逆にブランはノワールの頬を殴ってしまった。もう、どうしようもない。自分の感情を止めることができない。


「漆の黒のように奥ゆかしく輝く黒。鏡のように光を反射する、磨かれまぶしく輝く黒があるだろう! 本当に美しい。おれがあのとき、ノワールを初めてこの身で感じた闇は……お前が放っていた闇は……まさにそんな闇だった!

 なのに……今はその闇がまるでない! おれが望んだのは……おれが近づきたいと思ったのは……今のお前じゃない」


 胸の奥にある闇がどんどん膨れ上がる。それを感情のままに噴出させた。


「おれが惚れたのは……このように……深く奥から放たれる無限に広がり続ける……美しい闇だったんだ!!」


 すべての闇の力が解放されていく。それに伴い自分の体に残っていた光はこと度徳消え去っていく。白い髪は完全に消え黒い髪がノワールの頭皮を支配する。ついに……ついにブランの闇が完成した。


 本来なら……これで……完全にノワールの隣に立てたはずだったのに……。この瞬間を夢見てひたすら闇に手を伸ばし続けたのに……喜びに打ち震えてしかるべき瞬間なのに……ああ、チクショウ。なんで……なんで……こうなる?


 遠いよ……ノワール……。ノワールとの距離は……いっこうに近づかない。

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