第七章 闇に灯る光(4)
気が付けば夜も明け、朝日が水平線より昇り始めていた。
自分の髪はすでに七割ほど……白い髪になっている。光の力が……体に眠る力の七割を占めたことになる。
このまま奴のもとにまで駆け抜けたい思いは山々だったが、視線は王宮へと向けられ、母のもとへと先に歩み寄った。
今一度気合を入れると朝いつも朝食を食べる部屋の前に立つと、勢いよくドアをたたきあけた。むろん、そこには母だけでなく、父もいる。
ふたりはやはり朝食をとっていたらしいが、ノワールが入ると同時に食事を進める手は止まり、視線はノワールに向けられていた。
「ノワール、良く戻ってきましたね」
真っ先に立ち上がったのは母、すぐにカトラリーを置き駆け寄ってくる。
「あら? その髪の毛……そう。見つけられたのですね」
ノワールの白い毛を触りながら母は悟ってくれる。そのまま、テーブルのところまで手を引っ張られた。
「さあ、ノワール食事をしましょう。あなたの分もありますから」
そう言っていつも座っている椅子の前まで連れて行かれた。確かに、そこには朝食の用意が施されている。しかし、ノワールが座ろうと思うよりも先に父が低いトーンで口を開いた。
「お前に食べさせる食事などはないぞ、ノワール」
そう言われ、一度しっかり父を見据えた。
「ねえ、あなたもそんなこと言わないで」
「お母さま、いいですよ。わたしも……食事をするためにここに戻ってきたのではありませんから。わたしは父としっかり話の決着をつけるために来たんです」
「……ほう」
ゆっくりと母と椅子から離れ、一歩後ろに下がる。さらに一度大きく息を吐くと今一度父としっかり目を合わせた。途方もない闇を感じられる気迫が父の目つきから飛んでくるがそれでも全力で目を合わせ続けた。
「お父さま。見ての通り、わたしは光を手に入れました。誰かから奪い手に入れたものじゃない、誰かを取り込んで手に入れた光じゃありません。自分自身で灯され、自分自身で見つけた光です。わたしはこの光を受け入れ……闇を捨て去る覚悟です」
父は無言で話を聞きづづける。そこにノワールは決意を叩き込んだ。
「これが……わたしの答えです!」
父はその鋭い目を一度閉じる。何か考えているのだろうか、やがて一気に目が開いた。それはあまりにもキレのあるものだった。ただ瞼を上に動かし視線を指しただけの動作のはずなのに、そこから強烈な闇が放たれたのだ。
ドンと吹く闇の嵐に思わず身をかがめるが、それでもなお父の前でしっかり立つ。
「おれは光を取り込むのは好きにしたらいいと確かに言った。だが、自ら光になれなどとは……一言も言わなかったはずだぞ」
それに対し、「母が言った」と返しかけたが、母の立場も考え別の言葉を考えた。もっと自分自身が父と戦える言葉を。
「それは……いけないことですか?」
震える手足を必死に抑えながら言葉を絞り出す。
「当然だ、我々は代々闇の力を扱う一族。光みたいな敵の力など言語道断!」
「なら……わたしは……」
胸の奥にともる光に集中させる。とにかく自分の思いをさらけ出すのだ。本当にしたいこと、本当に望むこと、そのために自分が選ぶべき選択を。
「この一族をやめます!!」
父が放つ光に対抗するように自身の光を解き放った。それはたちまち逆風を巻き起こし、父のほうに向かってノワールが放つ光が流れていく。
「ノワール……貴様が言っている言葉の意味、分かっていっているのか?」
「当然です」
素早く、名にも迷いがないことを示すため間髪入れずに答えを突き出す。それに対し父は一度息を大きく吐くと、グッと背もたれにもたれかかった。
「何がだ、何がお前をそうさせた?」
「単純です。光ですよ、あの闇とは違うまぶしい光。……特に……彼が放つ光は……そしてその光を放つ彼は……憧れるに値する存在でした」
鋭い刃のように突きつけられる言葉に対し、同じように言葉でひたすら突き返すことを繰り返していた。
「本当に……一族を裏切るというんだな」
「はい!」
そう言い切った瞬間、向こうに座っていた父の姿が一瞬にして視界から消えた。
「なら、その首ここで落とされても文句あるまいな」
「……ッ!?」
気が付けば剣がノワールの首元にまで伸びていた。父は一瞬の間に席を立ち、壁に掛けてある剣を手に取り、ノワールの後ろにまで回っていたのだ。本当に恐ろしい、最強という名がふさわしい人物だと改めて実感する。
「あなた……何もそこまで!」
「お前は黙っていろ! さあ、ノワール覚悟はいいな」
剣が闇色に染まり今にもノワールの首を狩ろうと待ち構えている。父の力ならノワールの首など一振りできれいに吹き飛ぶだろう。ここで力の差は歴然、勝てる見込みなど絶対にない……だが。
「……お父さま、あなたに実の娘を殺せますか?」
「なに? 当然だろう。おれは魔王と呼ばれるような男だ、容易い」
「うそですね」
ノワールがそう言い切ると剣先がかすかに震えた。いや……もともと震えていた。
「お父さま……剣握るその手、震えていますよ」
「……何を!?」
「お父さま、わたしのことを思っていただきありがとうございました。強く言い当たるお父さまでしたが……その奥でわたしのことを常に心配してくれていた、それが今、その腕を見てはっきりわかりました。遅いですけどね」
一度目を閉じ、今までのことを振り返る。いつもの父の姿の奥にある本当の姿が少しずつ脳裏によぎっていく。
「お父さま、本当はあなたの根が優しいことをたぶんわたしは分かっていました。それがお父さまの心の奥に小さく灯っている光なのでしょう。
その光もまた、美しく感じます。でも……わたしは……もっと美しく輝く光を知っています。闇に対して何一つ引けを取らない眩しい光を。そしてその光を放つ人物もまた、美しい」
剣が首元にとどまる中、くるりと体を回転させ父の正面と向き合う。最初こそ父は睨みを解こうとしなかったが、やがて剣をゆっくりと落としていった。
「ドアを開けろ……元王女が旅立つということだ」
その言葉に対し父に声をもう一度かけることはなかった。ただ、一礼をかますとこの部屋のドアに向かって歩みだす。
「ノワール、それでいいのですね?」
後ろからあわてて声をかけてくれる母。それに対し、首だけ母の方に向けるとニコリと笑って返事を返した。
「ええ」
町を出ていく前に自分の部屋に立ち寄った。なんとなく、最後によって生きたかったというのがある。そして自分の部屋のドアを開け中に入り込んだ。
基本的に何も変わらなかった。でも、もうこの部屋に入ることは二度とないだろう。そこは今までと一番変わることか。
部屋を見わたし、部屋と別れを告げようと思ったとき、机の上に置かれている一つの剣が目に入った。それに手を伸ばすと、その下に一枚のメモ書きが敷かれているのにも気が付く。それをゆっくり引き出し、目の前に寄せた。
『ノワールさまの望みがかなうことを祈っています シュバルツ』
シュバルツからの贈り物というわけか。そう思い鞘に手をかけ、ゆっくり刃を引き抜く。そこには銀色に輝く刃が目の前に現れた。
だが、そこには闇がまとわりついている。闇の力を扱う職人によって生み出された故に闇がまとわりついているのだ。その職人には悪いが……今の自分にこの属性の剣は必要ない。自分が扱うべき力は……光なのだから。
完全に剣を引き抜くと右手でしっかり握りしめ、光の力を剣に注ぎ始めた。あふれ出す光の力が右手にどんどん流れ込み、やがて剣の刃にたどり着く。それはもともと宿っていた闇を浄化し光の力に打って変る。たちまち、剣は白色の輝きを放つ光の剣へと移り変わった。
本当に美しい、これこそノワールが望んでいた光だ。これで、これで……ブランに近づける。ブランの横に……立って並べる。
「ブラン……今すぐ、君のところに行く」
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