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私は荒野に立っていた。

本当にそれだけなのだ。

どうしてここに存在しているのか

私自身が何者であるのか

そんなことすら分からず、ただ私は荒野に立っていた。

「・・・・・・歩かなきゃ」

人は死にやすい

喉が乾けばいつかは死ぬし。

ご飯も食べなきゃいつかは死ぬ。

ついてで言うなら少しの悪口でだって死んでしまう。

「・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・」

喉もまだかわいたという程ではない、空腹でもない。

私を深い呼吸にさせたのは、大きな不安だった。

もしかしたら自分が誰かすら分からないまま死ぬのかもしれない。

干からびて死ぬのってどれだけ苦しいのだろうか。

「はぁ・・・はぁ・・・」

私はそんな呼吸を断ち切るように、大きくため息をついた。

死ぬ時のことは死ぬ時に考えればいい、今は生きているんだ。

何も思い出すことは出来ないが、どうやら自分が負けず嫌いだったことだけはすぐに分かった。

少しの高低差はあるものの、歩いても歩いても見えてくるのは干からびた地面と、枯れ果てた植物たちだけ。

今までの自分はこんな世界で一人生きていたのだろうか。

先行きの見えない不安に襲われると共に、自分自身に対してまでも不安の対象になってしまう。

身なりを再度確認しても、薄手のTシャツに短いズボンと、どこにでもいるような服装だ。

・・・どこにでもいるような?

一体自分は何を基準に置いているのだろうか。

そもそもこんな服装で、こんな荒野で生き抜けるわけがない。

「歩かなきゃ・・・」

何よりも歩かなくてはならない。

ここで私に女性であることを後悔させるまでの疲労が襲ってきた。

どうやら体力がほとんど無いようだ。

足の痛みも感じるようになり、少しづつだが視界もぼやけてきた気がする。

「・・・・・・」

思わずその場に倒れ込んだ。

目をつぶれば、次に目を覚ます時には死んでいるだろう。

そんなことは自分自身が一番分かっている。

するとぼやける視界の先で、1本の木の棒のようなものが目に入った。

それを目掛け、這いつくばって前へと進む。

藁をも掴む気持ちで手に触れた木の棒を使って、私は身体を無理やり起こす。

何とか進むための方法を考えだせた私だったが、しかしその棒は同時にさらなる不安へと私を導いたのだ。

今まで歩いてきた道に木は一切見ることが出来なかった。

今も視界の見える範囲に木を確認することは出来ていない。

ということはこの木の棒がかなり遠くから飛んできたと考えるのが自然だろう。

「強い風が・・・」

少し強い風が私を阻むようにして吹く。

推測ではあったが、そう遠くないうちに木の棒がかなり遠くから飛んでくるような強風が吹くかもしれない。

そうなれば今の私では簡単に吹き飛ばされて、地面に頭を打つか、そのまま気絶して死を迎えるだろう。

身体と体にムチを打ちながら、少しでも速くと歩を進める。

相変わらず視界に見えるものは変わらない。

徐々に風が強くなってきた気がする。

悲鳴をあげる私の身体は、すでにキャパシティーを超えていたようだ。

「・・・あっ」

少し気を緩めた瞬間、私の身体が地面に吸い込まれた。

たったそれだけの衝撃だった。

しかしこの先の自分の人生の中でも、圧倒的な衝撃だったことは語るまでもないだろう。

目を閉じると、そこに広がるのはどこかの明るい国。

今の自分では聞いた事がない人々の喧騒、この世界では二度と見ることの出来ないであろう太陽

これが自分の記憶なのか、そんなことはどうでもよかった。

その世界は私のとっても、さぞ住み心地のいいのだろう。

「・・・・・・」

どうしてこんな世界に生まれてしまったのだろう。

もっと輝いた世界が私は・・・

今まで見えていた幻想の世界とともに、私の意識が薄れていく。

「生きたい」という願望は、肉体いう忌々しき存在によって押し潰される。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・!・・・・・・・・・・!!!

「君ちょっと大丈夫!?」

私の身体が強く揺さぶられる。

嫌でも意識は覚醒し、私の頭が状況を確認しようとする。

「あの・・・えっと・・・」

「とりあえずこれ飲んで、それから息整えて」

押し出されるように渡されたコップに入った水を、私は躊躇することなく飲み干した。

「ふぅ・・・」

「落ち着いたかい?自分の名前とか、何か覚えていることない?」

息を整えたところで、ようやく自分の中で今の状況が飲み込めたらしい。

意識を失ってからどれほどの時間が経っているのかは定かではないが、どうやら倒れていた私をこの女性が介抱してくれていたらしい。

「何も・・・覚えてなくて」

それを聞いた女性は、特に驚く様子もなかった。

「だったら私と一緒かもね。とりあえずここで話してても、いつ突風が吹くかも分からないし、移動しながらでもいいかな?」

それを聞いて、身体が動くかが心配にはなったが、しばらく意識を失っていたのか身体は少し楽になっている。

「何も覚えてないなら、私だけでも名乗っておこうかな」

こんな荒野の中ですら、輝くような笑顔で女性は言った。

「私は・・・・・・。よろしくね」

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彼女たちの生きたい世界 安里 新奈 @Wassy2003721

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