時を聴く

里内和也

時を聴く

 思った通りだ。ちゃんと聴こえる。

 仏前で手を合わせた後、まだ片付けがすんでいない祖父の遺品を一つ一つ見てみると、その中に小型ラジオがあった。電源を入れてもうんともすんとも言わず、壊れているんだろうと判断しそうになったが、ふと電池切れの可能性に気づいた。入れ替えてみたら、案のじょうだ。私には曲名もアーティストも分からない洋楽が聴こえてきた。

 デジタルチューニングではなく、ダイヤルを回して周波数を合わせるタイプのシンプルなラジオ。それなのに、チューニングをいじらなくてもこれだけクリアに聴こえるということは、祖父が最後に聴いた時の状態のままなのだろう。そう思うと、なんだか感慨かんがい深い。祖父はただ一人の孫娘である私をかわいがってくれたし、ラジオを聴いている姿もたびたび見かけたから、なおさらだ。

 どこの放送局なのか気になったが、普段ラジオを聴かない私には、周波数だけでは見当もつかない。調べようと思えばすぐに調べられるけれど、なぜかそうする気が起きず、しばらく聴き続けた。

 やがて曲が終わり、番組のパーソナリティとおぼしき男性が話し始めた。

『今日は全国的に晴れているようですね。僕がスタジオに来る時も、見上げたら雲一つない空が広がってました』

 この放送局はいったいどこにあるんだろう。今日は朝からくもり空で、おまけにさっきは小雨も降った。他の地域はいい天気なんだろうか。

『今日もたくさんのはがきが届いてるので、さっそく紹介していきましょう。埼玉県でお聴きの「二宮銀次郎」さん。「初めてお便りします――」』

 はがきでの投稿を受け付けている番組がまだあるのか。昔ははがきがメインだったけど、今はメールで投稿する番組ばかりだとラジオ好きな友人が以前話していた。でもどうやら、「ばかり」とまでは言えないようだ。

『「――今は共通一次に向けて勉強に身を入れなくてはいけない時期なのに、教科書や参考書を開いてもなかなか集中できません。集中できるコツって何かありませんか?」。これは、他にも同じ悩みを抱えてる受験生がいっぱいいるんじゃないかな。周りを見るとみんな、いかにも勉強だけに打ち込んでますって雰囲気を漂わせてるのかもしれないけれど、実際にはそんなことないから』

 何かおかしいと、さすがに私も気づき始めた。共通一次試験が大学入試で行われていたのは、何十年も前のはずだ。受験生の時、祖父から聞いたことがある。それを今現在のことのように投稿するリスナーがいるなんて、いったいどういうことだろう。

 次に読まれた投稿を聴いて、私はさらに困惑した。

『「――先日ようやく、念願だった後楽園こうらくえん球場へ巨人戦をに行くことができました。地方に住んでると野球を生で観戦する機会自体が少ないので、まさに感無量でした――」』

 東京ドームじゃなくて後楽園球場? どう考えても現代の話じゃない。

 この放送は……過去から届いてる?

 いくらなんでも荒唐無稽こうとうむけいだ、と思うものの、それ以外の可能性が浮かばない。私が考えをまとめきれずにいる間に、番組は再び曲に移った。今度は邦楽だが、聞いたことのない曲名だし、曲調もなんだか古めかしい。テレビで昔のヒット曲として紹介されていたフォークソングと、感じがよく似ている。

 思いついて、私はチューニングのダイヤルをゆっくりと回してみた。他の放送局も聴いてみれば、何かわかるかもしれない。

 じりじりと回すと、途中でふっと雑音以外の音が流れてきた。さらにゆっくり回して、すっきりした音が出る一点に合わせる。

 聴こえてきたのは、最近発売されたばかりの缶コーヒーのCMだった。

 ある意味当たり前のはずなのに、私はますます、どう受け止めればいいのかわからなくなった。先日スーパーに行ったら、「新発売」のPOP付きで目立つ所に陳列されていた商品だ。数年どころか、数か月前ですらまだ売られていない。

 次に流れてきたのは、大手通信会社のスマホのCMだった。共通一次の時代には存在しなかったはずの。

 チューニングをさらに回して、別の放送局の電波をつかまえてみると、人気アイドルの新曲が流れていた。もちろん、「昔人気だった」アイドルではなく、「今人気の」アイドルだ。

 もう一度、最初の周波数まで戻してみる。どこだったのかはちゃんと覚えているから、そこに合わせさえすれば、と思ったのだが――。

 聴こえてきたのは、雑音だけだった。いくらチューニングを微調整しても、それ以外の音がまったく引っかからない。

 そんなはずはないと思いつつ、一度電源を切ってからまた入れたり、アンテナを目いっぱい伸ばしたりしてみたけれど、結果は一緒だった。私は段々、自信がなくなっていった。あれは何かの聴き間違いか、幻聴だったのだ――そう考えれば、すべて片が付く。片が付くけれど、納得しきれない。あれが幻だなんて――。

 その時、背後にかすかな気配を感じた。生命力にはとぼしく、近づいただけではかなく消えてしまいそうな気配。この家には今、私以外誰もいないはずなのに。

 自分の背後に何があるのかに気づいて、はっとした。ゆっくり振り向いた先には、仏壇がある。真新しい祖父の位牌いはいも。

 祖父は、いつも穏やかに笑う人だった。

 聴きたかったのかな、おじいちゃん。

 私はラジオを位牌のそばに置いた。時々ここに来て、スイッチを入れてあげようと決めた。

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時を聴く 里内和也 @kazuyasatouchi

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