iii. hello, world!!

「――――!!」

「――――。――――?」


 あーいやいや。プロジェクト全体進捗会議とかって、全然関係ないチームの話とか聞いてるの苦痛よねー。

 というわけで、いつもながらあたし向きのメッセージは/dev/nullに捨てちゃおう。


 ……ん? あれ?

 なんか会議参加者が少なくなってない?

 だって、満席だったはずの席、半分くらい誰も座ってない。

 って、今、目の前で……人が消えたー!?

 というかこれ絶対あたしのせいだよね? きっと/dev/nullに捨てられちゃったよね? ごめんね、見知らぬチームの人たち!


 あーわわわ……コマンドラインクライアントから詠唱コマンドのヒストリー確認……あー。やっちゃったねー。ワイルドカードの指定ミスっちゃったねー。

 これすぐに、あたしも/dev/null逝きよね。さようなら。さようなら現世。


『まったくもう、なにやってんのさ』

「あ、お師匠さまー」


 スマホの画面に白黒ハチワレのねこが現れた。あたしのお師匠さまだ。


『あれほど/dev/nullとかtruncateとかrmとか、そういうのの扱いには気をつけてって言ってたのに』

「だってー、すっきりするじゃないですかーそれ系って」


 デトックスデトックス。断捨離断捨離。


『まあ、わかりみなんだけどさ……。そういう問題じゃなくて、気をつけろってことだよ』

「はーいごめんなさーい」

『……まったく。ぼくも暇じゃないんだから。他のbranchにいつのまにか出てきていた魔女のおねーさんを観察してたのに』

「要するに暇つぶしじゃないですかー」

『あ、そういうこと言う? そのまま/dev/nullに流れちゃったら?』


 お師匠さまのしっぽが上下に激しく振られ、ぱたんぱたんと音を立てている。ありゃ、お怒りねー。


「あーあーごめんなさいお師匠さまー。たすけてー」

『最初から素直にそう言いなよ』


 話そらしたのお師匠さまじゃん、と言いかけて口をつぐむ。


『じゃあもうこのbranchは破棄するとして……どうする? ちょっと前からbranch切ってそっち行く? それとも――』

「あー、どうせなら別の新しいbranchがいいですねー」

『新しいもの好きだねえ……。わかった、んじゃ最近できたとこに移してあげよう。ちょっとまだバグが多いと思うけど、きみなら自力でなんとかできるでしょ。よろしくね!』

「ありがとうございまーあわわわ……」


 視界が、というか、身体を取り巻くありとあらゆる感覚が、nullになる。




 なんというか、お師匠さま曰く、この世界はソースコードリポジトリみたいなもので管理されている、んだそうだ。

 イメージとしては、リポジトリ全体を一つのtreeと見立てて、なにか変更を加えると、そこでどんどんbranch分かれしていくという感じ。

 あたしが生活していたこの世界も、そのbranchの一つだったということ。

 そしてお師匠さまは、リポジトリを管理している偉大な魔法使いだということ。

 なんかそこまでいくと、魔法使いっていうか、神さまだよね。神さま仏さまAdministratorさまー。

 そんなわけで、たぶんお師匠さまのチェッカーかなんかでアラートでもあがったんだろうね。その辺あたしのふみこめる領域じゃないから想像でしかないけど。なんにせよたすかった。

 さてさて、だんだんと身体の感覚が戻ってきた。

 新しいbranchにあたしという存在がマージされたのね。魔法使いだけにマージはおてのもの、なんてね。


 hello, world!!




 視界が元に戻る。どうやら、前のbranchと同じ会議室のようね。なんだか拍子抜け――


「グゥゥゥゥゥ……!」

「ウボボボババババアアァァァー」

「……な」


 ――前言撤回。

 室内、見渡す限りの……生ける屍リビングデッド


「なによこれーお師匠さまぁー!?」

『言ったでしょ、バグ多いって』


 スマホ画面のねこがくつくつ笑っている。やられた……。


『少しそこで頭を冷やしておきなよ。じゃーねー』

「あーん! お師匠さまのばかぁー!」


 あたしの心の底からの叫びに応えてくれるものはいない。だってみんなゾンビだものね。

 仕方ない。バグ対応しますか。

 いつもの魔導書スマホキーボード、これさえあれば……ん?


 あれ?


 ネットつながってないー!?

 こんなbranchに投げ出すならAPN設定くらいしておいてよー。

 いや、そもそも、サーバーも契約してないとか? そこから?

 ていうか、生きている人、いるの?

 これなんてハードモードのRPGよ……。


 はあ。ゾンビさんたち。あなたたちのお相手バグ対応する前に、もう一度、ちょっとお騒がせしますよー。いやだったら/dev/nullに流してね。


 あたしは大きく息を吸い込んで、ありったけの声で叫んだ。


「お師匠さまのーっ! ばかぁーーーっ!!」

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