かぜきたる

@1airo16

パンツが飛んだ

 パンツが飛んでいった。海から吹いてくる風のせいで巻き上げられたようだ。釣りをする手を止めて思わず見いる。月にぼんやりと照らされ、風に揺れる白いパンツは鷺のようだ。ギリシャかなんかの絵画っぽい光景に腹の底から笑いが込み上げてきた。精一杯声を殺しながら、震える手でスマホを取り出して動画を撮り始める。海の向こうにいって見えなくなってしまうまでカメラを回した後、ふと我にかえった。-うちの洗濯物だったかもしれない。テトラの上から駐車場まで戻ると、車は線から大きくはみ出し録に探せない。スマートキーを押し続けていると、漁港ではよく目立つミニバンの音が聞こえた。幸運にも取り出しやすいところにあった車にに飛び乗ってアクセルを踏む。法定速度ギリギリで山の上にある家まで急いだ。どうか取り込んでいてくれますようにとハンドルを握る手を交差させた。

 車を止めてタックルもそのままに家の前まで走った。半開きのドアは強い風が吹いているのにもまったく気づいていないようだった。長靴のまま入っていくと玄関には靴が散らばっている。いつも揃えてって言ってるのにな。知らず知らずため息が漏れた。居間の方からは途切れ途切れにタレントのわざとらしい笑い声のようなものが聞こえる。忍び足で居間まで進むとテーブルの上には溶けた氷の入ったコップと横に倒れた焼酎の瓶がおかれていた。結露かなにかで水滴がつきびしょびしょになっている。遠くからでもわかる表面張力から一旦目をそらし開けっぱなしになっている窓からベランダに出た。朝はコマーシャルにでも出てきそうなくらい白いタオルが並んでいたがもう一つも残ってない。この分だとやってなさそうだ。ソファでだらしなく寝そべる妻の顔が見えた。ベランダから山の下、そして地平線へと飛んでいくタオルたちは魚のように飛んでいったのだろうか。スポットライトのように照っていた月が雲に隠れた。

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