エピローグ
通学路の秘密~final~
三月になった。
修学旅行の一件から三ヶ月ちょっと。
あの日以来、未来予報は掲載されなくなった。
新聞部が掲載をやめた。それについて一部の生徒達から批判の声が上がっていた。やはりやらせだったのかと。でも、高木はやらせという言葉には力強く否定の意志を貫いた。本当に未来予報は起こっていた。その情報を手に入れる手段がなくなっただけだと。
そんな生徒の批判をもみ消すように、高木は新たなコラムの掲載を始めた。現実離れしていた未来予報に代わり、新たに現実味のある内容をコラムにした。毎回、氷山高校の特定の人物にスポットを当てて独占インタビューを敢行するといった一種の企画ものだった。好きな異性のタイプや趣味、マイブームといったことをインタビューする。その人の個性に焦点を当てて、人物紹介をしていくという内容だった。
未来予報に比べたら、それほど大きなインパクトはないかもしれない。
それでも、高木は計算高い男だった。新聞だけでなく毎週木曜日のお昼時に、放送室で記事についてのインタビューを行うといったコラボ企画を用意した。この放送により、氷山高校の生徒はどんな人がいるのか。より生徒に知ってもらうことができ、よりその人を深く知ることができると高木は言っていた。一人一人が思っていることを表現する場として、少しずつだけど新たな氷山通信と放送室のコラボも賑わいをみせていた。
高木に巻き込まれる形となってしまった山中さんは、あの日以来少しずつ周囲の人と関わるようになった。昔みたいに突っ伏している姿はなく、授業中も黒板を見るようになった。そんな山中さんは、対人関係以外にも変化があった。
どういうわけか、山中さんは予知夢を頻繁に見なくなったと言う。
人に深く関わっても予知夢が起こらなくなった。でも、俺は何となくそうなる気がしていた。山中さんは、他人を信じられるようになった。今まで逃げていたことから素直に向き合うようになった。そこが昔の山中さんとの違い。気持ち次第で、変わることって案外身近にあるのかもしれない。
「大輔。一緒に帰ろうぜ」
帰り際、いつも通り新一は俺の元に駆け寄ってきた。
「悪い。今日は行かないといけないところがあるんだ」
「あ、そういえばそんなこと言ってたな」
「ごめんな。生徒会、頑張れよ」
「おう。また明日な」
笑顔のまま新一は教室から出て行った。自らの公約を果たすために新一は頑張っている。
修学旅行以降、新一は氷山高校の抜本的改革に着手し始めた。その改革の一つとして氷山高校の特徴でもあった自由な校風を見直す案を皆に提示した。
その案に対して、多くの生徒から当然のように反対の声があがった。新一が掲げた二つの公約のうち、既に果たしていたものを破棄する。長年安定していた公約を壊す。それは、生徒会としてやっていいことなのか。今までの伝統を無視する行為を続けていいのかと。
でも、新一はぶれなかった。
生徒の自主性については今のままだと間違った方向に進んでいるだけで、いずれ瓦解すると説明をした。そしてその間違いを修正するためにも、まずは二つ目の公約として掲げていた、皆の笑顔が咲き乱れる学校生活をつくり上げなければいけないと。
修学旅行での出来事を上手く利用した新一は、先生達の監視の弱さを指摘した。そして皆の笑顔が咲き乱れる高校を目指すための改革として、まずは先生達にも協力してほしいと頼みこんだ。今まで怠けていた先生達も修学旅行での出来事を受けて、以前よりは協力的になってくれているらしい。
先生と生徒が共闘して一緒に学校生活をつくっていく。そんな当たり前のことができていなかった氷山高校を、新一は自ら率先して変えようとしている。
生徒の自主性を重んじる自由な学校。誰もが憧れる学校かもしれない。だけど、それを実現するためには先生達のサポートがなければいけない。学生の俺達には、たぶんわからないことが多々あるんだと思う。もちろん、わかっていないつもりはない。それでも、俺達学生には限界がある。どうしようもできない壁がある。その溝を埋めるのが先生達の役割なのだから。
新一は誰かに頼らなくても動けるようになった。
頼りなかった生徒会長が自分で考え行動をするようになった。だからこそ、新一が作る理想の学校に俺は期待したい。
学校を後にした俺は、電車を乗り継いでとある場所にやってきた。
「久しぶり。じいちゃん」
高校入学以降、ずっと来ることができなかったじいちゃんのお墓。
今までずっと悩み続けていたことがある。じいちゃんが俺に残した言葉。
『通学路には、誰にも知られることのない秘密があるんじゃ』
その言葉の意味を見つけるのに、二年もかかった。
でも、やっと報告できる。
墓石に水をかけ、汚れを軽く拭く。束になったお線香に火を灯し、線香台に置いた俺は、少し離れてから改めて墓石を見る。
夕日に照らされた墓石が何となく笑っているように見えた。
もしかしたら、じいちゃんは笑っているのかもしれない。
小学生の頃、いつも笑顔で話を聞いてくれた時みたいに。
手を合わせ、目を閉じて合掌する。そして、心の中でじいちゃんに問いかける。
「じいちゃんが言いたかったこと、やっとわかったよ。俺、勘違いしてた。ずっと一人になれば答えが見つかると思ってたんだ。でも、間違ってた。一人になることは、答えから遠ざかってたんだね」
だからじいちゃんは、ずっと俺に言い続けてたんだ。
一人になるなと。自らの経験を秘密という言葉に込めて。
「じいちゃんの話、姉貴から聞いたよ。告白……できなかったって。最初はそれにどんな意味があるのか本当にわからなかった。でも、じいちゃんと同じ気持ちを抱いて、やっと気づいたよ」
俺にも大好きな人ができた。心から守ってあげたいと思える人ができた。
「通学路の秘密。じいちゃんとは違うと思うけど、俺にも秘密ができた。誰にも知られることのない、二人だけの秘密が」
正確には三人かもしれない。
だけど、あの時に見た景色や空間は俺と東條さん二人だけの秘密。
その気持ちは誰にも知られることのない秘密だ。
「一人で抱え込むな。自分の殻に閉じこもって、伝えたいことを言えない人間にはなってほしくない。たぶん、そう言いたかったんだよね」
自分の殻に閉じこもって何も言えなくなる。
気持ちを言えないまま、一生抱えて過ごすことになる。
後悔することになるって。じいちゃんは後悔していたのかもしれない。
「でも、もう大丈夫。じいちゃんの言葉の意味に気づけたから。俺はもう、前を向いて歩んでいけるよ」
『良かった』
何処からか声が聞こえた気がした。
瞬間、目から涙が溢れた。
「ごめん……じいちゃん」
口から言葉を放った瞬間、途端に息苦しくなった。
今まで秘密の意味を知ることが、じいちゃんへの手向けだと思っていた。
でも、じいちゃんはそんなことは望んでなんかいなかった。
もっと早く気づいていれば、じいちゃんの笑顔をたくさん見ることができたのかもしれない。
じいちゃんを安心させて、快く送り出すことができたのかもしれない。
涙を拭った俺は、墓石に向かって深くお辞儀する。
そして踵を返した俺は、お墓を後にした。
人間は決して一人では生きていけない。
周りを見れば、本当に信頼できる仲間はいる。
だから、何も言えずにいる人は誰かに話してほしい。
言葉にして伝えほしい。
大切な人、大切な仲間。
そして、大切な人の言葉が今の自分を作っていることを。
決して忘れてはいけない。
FS~ミライシークレット~ 冬水涙 @fuyumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます