エピローグ 第三話

    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「なるほど……。中身を魔術師と思ってくれと言われたのはそれが理由だったのか……」


 今、パトリシア王女が身に着けている首飾りペンダント。そのペンダントトップとしてぶら下がる小さなガラスの入れ物を掴み掌に乗せ、それに入る赤い砂粒をしみじみと眺める。

 天井から降り注ぐシャンデリアの光にキラキラと輝き、”久しぶり”と挨拶しているような気がしてくる。


「それに加えて、ブロードソードの柄頭についているのも”スイールの心”なんだ」


 エゼルバルドは入り口付近に立て掛けてある武器、自らがいつも振るうブロードソードに指を向ける。その柄頭には赤く光る石が取り付けてあった。

 パトリシア王女が知るエゼルバルドのブロードソードの柄頭には、何処にでもある黒い魔石が取り付けてあったと記憶していた。それが今は全く違う石が取り付けてあった。それが気になって問い掛けようとしたのだだが話すタイミングを逸し、今の今まで疑問が頭の中でぐるぐるとしていた。


 その、”スイールの心”と名付けられた赤い石だが、エゼルバルドが見つけた一個だけではなかった。砕けた朱い砂を里帰りさせようと集めていた時に、身に着けていた革鎧の中から、さらに二つの石を見つけていた。

 一つは大人のこぶし大の大きさで楕円形をしているた。大きさと場所から考えると心臓が変化したものと予想された。

、もう一つは赤子のこぶしよりも小さく、直径二センチほどで完全な球形に近かった。だが、体のどの部分が変化したのかは不明だった。


 その最後の一番小さな石がエゼルバルドのブロードソードの柄頭に納まっているのだ。

 しかも、よくある魔石同様に魔力を吸い出すポンプの働きをする。


「人工太陽の暴走を止めた時に失った魔石の変わりとして、そして、スイールの形見として近くにあるのは心強いんだよ。いなくなった人を思って心強いなんて、可笑しいかもしれないけどね」

「いつまでも傍にいると信じてた魔術師があっさりと逝ったんだ。その気持ち、妾はわからんでもないがな」


 この世にいないスイールが近くで見守ってくれている気がするとエゼルバルドは口にした。我ながら女々しいと苦笑するが、それを隠すようにまだ冷めやらぬ紅茶の入ったカップを口に運んだ。


 その気持ちにパトリシア王女が共感を覚えた。彼女もついこの間まで同じような境遇に晒されていたからだ。小さい時から王城で働き、気心の知れたカルロ将軍が年齢を理由にあっさりと引退をして田舎に引っ込んでしまった為に落ち込んでいた。

 その気持ちを和らげたのがエゼルバルド達から送られた首飾りペンダントだ。赤い砂粒の入った小さなガラス瓶がペンダントトップに据えられている。それを見ているとなんだか口が悪い魔術師が今にも眼前に現れる、一人ではないと思えて心強かった。

 だから、パトリシア王女はエゼルバルドの言葉を肯定し、共感も覚えたのだ。


 それでは他の仲間はどうかと言えば、傍にいるヒルダでさえ、ずっといると思っていたスイールがいなくなり悲しみを覚えたのも当然だ。彼女だけじゃない、ヴルフやアイリーンも悲しみを胸に刻んでいる。


「ヒルダの情緒不安はそれだけでは無かったのだろう?」

「そ、それは……」

「!!」


 パトリシア王女から突然の言葉に顔を赤らめるエゼルバルドとヒルダ。ニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべる王女に人が悪いと目を細めて視線を向ける。


「情緒不安って言った?」

「ん?妾は聞いておらん。ただな、ハンナを身籠っていたと聞けば、同性だ。わからんでも無いだろう」

「た、確かにそうね……」


 朱い魔石をこの世から消し去り、細かく砕けた”スイールの心”を持てるだけ持ったその帰り道。船に乗り帰路に就いたまでは良かった。その線上で行きは平気でぴんぴんしていたヒルダの調子が悪くなり、ゲーゲーといつまでも戻していた。

 その結果、ヒルダが身籠っていた事が発覚したのである。


 その時、エゼルバルドは”朱い魔石”がふと漏らした言葉を思い出した。

 ”お前達、をな……”との言葉を。

 エゼルバルド、ヒルダ、スイール、ヴルフ、そして、アイリーンの五人で向かったはずなのに、朱い魔石は六人と認識していた。赤い魔石にはヒルダのお腹の中にいた赤子の息吹を感じていたことになる。


「あ、おとーさんもおかーさんも赤くなってる~」

「こら、ハンナ。茶化すんじゃない」

「ははははは~~~!」


 顔が赤らむエゼルバルドとヒルダを見た二人の娘、ハンナが声を上げて笑う。いまだに仲が良い二人だが、恥ずかしそうに赤らむ姿を見せる事が珍しいのだろう。

 そのハンナにエレクが注意をするが、糠に釘とばかりに笑い声をあげてサラッと躱す。


「それじゃ、遅くなりそうだから帰るとするか」

「そうね。エレク達はどうする?」

「子供達は泊って行くと良い。レオンも嬉しいだろう」


 エゼルバルドとヒルダは門を出るのはギリギリで間に合うだろうと立ち上がりパトリシア王女に帰る旨を伝える。

 エレクとハンナの二人を連れて行っても良いのだが、パトリシア王女の息子、レオン王子と楽しそうに話をしているのを見てどうするか聞いてみるのだが、答えを聞く前に王女自身が間に入って答えて来た。


「それなら、お願いするわ。二人共、羽目を外しすぎないでね」

「はい」

「は~い」


 エレクとハンナの元気な声に不安を感じつつ、領主館を後にするのだった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 荷馬車を操り領主館を出て、ぎりぎり間に合ったブールの門を抜け屋敷へと向かう。パカリパカリと馬車馬の蹄とカラカラと地面を叩く車輪の二つの音が心地よい音を奏でる。


「久しぶりに楽しかったな」

「そうね。久しぶりにスイールを思い出したわ」

「いつも思い出してるだろう?」

「いつもと今日は違うわ。自分の中の思い出だけじゃないもの」


 普段、思い出すのは決まった思い出ばかり。魔法を使って敵を倒す姿や優しく笑顔を振りまくスイールの姿ばかり。暖炉の上に飾ってある赤子のこぶし大の赤い石を見やればいつでも思い出がよみがえって来る。

 しかし今日、パトリシア王女との会話で出てきたスイールはいつものスイールではなく、一癖も二癖もある生きていた時のスイールだった。


 だから、ヒルダは上機嫌で笑顔を見せていたのだ。

 ただ、顔を赤らむ言葉を投げ掛けられるとはこれっぽっちも思っていなかったのだか。


「エゼルも楽しかったんじゃない?」

「そうだな。王女に会うのも久しぶりだし、何より……」

「何より?」


 エゼルバルドは言葉を一旦区切り、思いつめたような表情を見せる。

 そこで言葉を区切る必要があるのかとヒルダは首を傾げて隣に座るエゼルバルドを見やるのだが、その直後、赤らむどころか顔が真っ赤になってしまった。


「ヒルダとこうして二人っきりってのもいいもんだよね」


 月明りに照らされたエゼルバルドの屈託のない笑顔。不安感をあおったと思ったらその笑顔である。余りの反則技にヒルダは戸惑ってしまう。

 確かにエゼルバルドが口にした通りハンナが生まれ、エレクが育ち、我武者羅に生きて来た。二人のどちらかが子供達に寄りそう笑顔の絶えない家庭を築いてきたつもりだ。

 だからこそ、二人で落ち着いて話をするなど久しぶりで、どんな意図があるにしてもシチュエーションに期待してしまう。


「まぁ、いいわよ……。それよりも、たまには書斎の片づけをしたらどう?」

「書斎かぁ……。埃ははらってるんだけど、どうもねぇ……」

「ま、わからないでも無いけどね。でも、あの子達がいない時が良いんでしょ?」

「確かにね。見て欲しくないものが沢山あるからな。それと……」

「言いたい事はわかるわ。でも、もう十年なんだからいい加減片づけたら?」


 エゼルバルドが片づけを渋る書斎だが、以前は魔術師スイールが使っていた部屋だ。いまだにスイールが使っていた時の書籍が山の様に積まれており、エゼルバルドでさえもどの様に整理していいのか手が付けられない状態だった。

 さらに、スイールの死後わかった事だが、書斎の床下に隠された地下室が設けられていた。そこまで大きくは無いが何か作業をするには丁度良い大きさだった。その地下室の壁には見た事の無い武器、防具が多数飾られていたりもする。古いものはスイールと同じくらいの年月が経っている。

 変り者のスイールだったが几帳面な性格を持っており、その武器、防具の目録が記されたノートも残されていた。だから、迂闊に触るととんでもない事が起こる可能性があり、エゼルバルドは手を触れていない。


 武器、防具はともかく、エゼルバルドには片付けたくない理由があった。

 スイールがいつも斜に掛けていた鞄から見つかったエゼルバルドに向けての手紙が理由だ。


「まぁなぁ……。あの中の何処かにオレ宛ての手紙があるってわかるとなぁ……」


 書籍などが山積みでごちゃごちゃして片付けられない事もあるが、その中の何処かにエゼルバルドが保護された時に見つかった手紙が何処かに仕舞ってあるという。今更という気持ちもあるが、その一歩が踏み出せず、もう十年である。


「いいじゃない。過去のエゼルと決別するときが来たのよ」

「決別したいわけじゃないんだけどなぁ……」


 横に座るヒルダがバンバンとエゼルバルドの肩を叩きながら告げる。

 それを”痛い痛い”と言いながらも嬉しそうに受け続ける。

 それからしばらく星が瞬く空を見つめながら考え事をしてから一つの答えを口にする。


「まぁいいか。明日は朝から片付けだな」

「それがいいわ、ふふふ」


 あっという間の十年。

 一区切りしても差し支えない時間が流れた。

 エゼルバルドとヒルダの間に可愛らしい子供が増えた。

 旅仲間のアイリーンにも二人の子供が生まれている。

 ヴルフはあのままだが、一所におらず、落ち着きがない。

 それに世の中もだいぶ変わった。


 エゼルバルドも自らの生きて来た時を振り返って、そしてこれから気持ち新たにしてもいいのではないかと思ったのである。書斎の片づけがその切っ掛けになればと。


 それを思い描いていると、馬車は屋敷の庭へと滑り込んだ。

 馬車馬達はわかっているのか、自ら速度を落とし馬車を止める。

 エゼルバルドは真っ先に御者席から降りると、反対に回って着飾ったヒルダに手を差し出し降りるのを手伝った。


「ありがとう」

「どういたしまして。馬のハーネスを取っちゃうからちょっと待ってて」

「待ってるわ」


 エゼルバルドは馬車馬達を労いながらハーネスを外してゆく。

 馬車馬達はそのまま庭に建てられた馬房へと自ら向かい、体を休めに入る。


 その様子をヒルダは微笑みを浮かべながら見送ると、屋敷の玄関へと視線を向ける……。

 微笑みから一転して驚愕の表情へと変わるヒルダ。

 そこへエゼルバルドが戻って来て、ヒルダの表情に驚き視線の先へ顔を向ける。


「え、スイール?」


 エゼルバルドとヒルダが屋敷の玄関に見たのはスイールの姿。

 それもすぐにスッと消え去り、夢か幻かと、目をごしごしとこすりながらそう思うのだった。


「ちょっと疲れたのかしら?」

「二人してみてるんだから、そうでも無いだろう。心配になって見に来たんじゃないか?」

「最後の?」

「多分?」


 ハッキリと二人してスイールの姿を見てしまったのだから夢でも幻でも無いと思うしかなかった。それに、スッと消える時に”元気でね”と言われた気もした。

 二人がいまだに過去を引きずっているのではないかと心配したのだろうと、思うことにした。


「スイールに心配かけてちゃだめだな。ちゃんと踏み出そう」

「わたしも一緒よ。忘れないでね」

「当然。そうだ、明日、二人だけでスイールの墓に挨拶しに行こう」

「そのくらいの時間ならあるわね。いいわよ」


 二人だけでスイールの墓にお参りするのも久しぶりである。

 いつも、コブ付きだったり、他の仲間がいたり。いつ以来か、記憶にないほどだった。

 一年の報告だけでなく、二人だけの報告もたくさんある。

 もしかしたら一日、スイールの墓の前で話し込んでしまうかもしれない。


 それでもいいかと思いながら空を見上げると無数に瞬く星の中から一筋の流れ星が東へと向かって帯を引いて行った。

 あれはスイールが旅立っていったのでは無いかと思えるほど。


「オレ達の冒険はまだ終わってない。今度は何処へ行こうか?」

「二人だけの旅もいいけど、またヴルフやアイリーンとも一緒に行きたいわね」


 エゼルバルドがそっと伸ばした手にヒルダはそっと手を添える。

 暖かい体温がお互いの手を伝わると自然と微笑みを浮かべてしまう。

 今度は何処へ向かおうか?

 スイールはいないが、まだ人生は終わっていない。旅は、冒険は、まだまだ続くのだ。


 そう思いながら、ゆっくりと歩み始めるのであった。




fin




 これにて、魔術師スイールの冒険は幕を閉じるとします。

 長い間、お付き合いくださいましてありがとうございました。







※エゼルバルド宛の手紙?メモ書きですね。第一章 第四話参照の事

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魔術師と冒険と旅路の狂詩曲 ~~魔術師が行く気ままで不可思議な放遊録~~ 遊爆民/Writer Smith @yu-bakumin

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