エピローグ 第二話
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スイールに人工太陽の暴走を止めてくれてと頼まれ、保守用の暗く狭い通路を進み、中間の小部屋へ来た時である。
エゼルバルドは脳裏にスイールが逝ったのを感じ、思わず膝を着いてしまった。
そのまま心が折れて、その場でうずくまってしまうかと感じた。
しかし、周囲はそんなエゼルバルドの心に反旗を翻すように、刻一刻と状況が悪化していった。
特にうずくまるエゼルバルドと一緒に来ていたヒルダの二人へ、床石を蹴り付ける無数の足音が聞こえてきたのである。
エゼルバルドだけであったならこの場で敵の凶刃に倒れてもいい、そう思っただろう。だが、傍にはパートナーとして、そして、最愛の人としてのヒルダが心配そうな表情でエゼルバルドを見つめている。
こんなところで凶刃に倒れる訳にはいかない、と折れかかった心を修復して立ち上がり向かい来る敵を待ち構える。
敵と言っても、ここは人工太陽へ向かうための保守用通路。
それであれば向かってくる敵も人工太陽を保守するものが多数含まれている筈だ。それに、敵が現れるかわからぬ狭い通路に主力兵士を置いておくはずもない。
エゼルバルドは敵に手練れは少ないはずだと言い聞かせるが、ごく
「ヒルダ!敵の数は多い、手練れは少ないと思う。だけど、万が一もある、全力で行こう!」
「ええ!油断はしないわ。全部が手練れって思う事にするわ」
小さな部屋の中央、上がって来た梯子付近に
明かりは十分、通路よりも高い天井で剣を振るうには問題ない。
あとは、敵の数だけだ、と迫りくる敵の足音を耳にするのである。
「はぁっ!!」
敵が現れると同時に振るわれるブロードソード。そして、天井まで達する噴出する鮮血。エゼルバルドが一閃するたびに一つの命が物言わぬ躯へと変わって行く。
「はいっ!!」
エゼルバルドの攻撃を躱した敵に
砕ける頭蓋骨、はみ出て飛び散る脳漿、返り血を浴びるのも構わず
二人が武器を振るうたびに物言わぬ躯が出来上がり、そして一つの山となる。
十人ほどを屠ると、その後は手練れも現れず敵は沈黙したのである。
「時間食ったな……。さっさと仕事を終わらせてスイールの下に戻ろう」
「そうね。もう敵は出てこないわよね?」
「多分?」
「…………」
二人は武器を振るい、敵の体液で汚れた愛用の武器を綺麗にすると
そのあとは慎重に通路を進み梯子を登り、三十分くらいしてようやく人工太陽の近くまで到達した。
遠くで暖かな光を放つ人工太陽の傍はとても熱いだろうと予想していたが、何故か暖かさは全く感じなかった。むしろ逆に、近くの冷気を全て吸収しているかと思わせる程に寒かった。
そこでスイールのノートを再び開き、人工太陽が暴走した時の解決方法に視線を落としていく。
「何となくわかった。そんなに難しいわけじゃなさそうだ」
「そうなの?」
エゼルバルドはパタンとノートを閉じて仕舞い込むとブロードソードの柄頭に取り付けてある魔石を外し始めた。
”何してるの!”と驚くヒルダが止めに入るのだが、エゼルバルドは涼しい顔をして、”必要な事だ”とあっさりと魔石を外してしまった。
そして、キョロキョロと辺りを見回し、壁際の丸い凹みを見つけると取り外した魔石をそこにはめ込んだ。
「ヒルダはこの魔石に魔力を流し続けてくれる。微かに青くなるくらいでいいらしいから」
「その位だったら簡単だけど?」
エゼルバルドはその場をヒルダに譲り目と鼻の先だが離れた場所へと移動すると再びきょろきょろと辺りを見渡し始めた。再びの行動に疑問を持つヒルダだったが、それよりも指示された通りにしようと、窪みにはめ込んだ魔石に手をかざして魔力を集め始めた。
ヒルダが魔力を集め始めると黒い魔石がうっすらと青く変色し始める。本来、魔石の働きとして魔力を吸い出すポンプの役割を果たすのだが、この時ばかりは彼女の意図せぬ動きをみて体を跳ねて驚いていた。
それもそのはずで、青く変色し始めた魔石を中心にして壁の表面を青い線が無数生まれ始めた。その線は様々な場所へと向かい始め、幾つかの線は天井を通り人工太陽の方向へと、また別の幾つかの線はヒルダの向かう壁の反対側へと向かい壁の一部を四角く青い色で浮かび上がらせた。
「あった!これだ!」
壁に四角く浮かび上がったその前にエゼルバルドが移動した。それから、青く四角く浮かび上がった場所に手をかざすと目を瞑り魔力を集め始める。
「えっと、何してるの?」
「ん?これは、人工太陽への魔力供給を強制的に止めさせてるんだ」
スイールのノートによれば、人工太陽は供給された魔力を
今はその魔力供給過多の初期状態であるが、このまま放置しておくと次第に光や熱を激しく放出して、最後には周辺を巻き込んで爆発してしまう。
だからまだ初期状態の今、魔力の供給を断ってしまい暴走を未然に防ごうとしているのだ。
「不思議な顔をしてるな。本当はそっちのパネルで操作するらしいけど、強制的に機能を止めるにはこっちのパネルでやらなくちゃいけないんだって。二人でしないといけないのは安全対策って書いてあった」
エゼルバルドの説明が腑に落ちぬのか、ヒルダはきょとんとした表情を見せて首を傾げている。初めて耳にする事ばかりで理解が追い付ていないだけだろうと、エゼルバルドは再び瞼を閉じで魔力を集める。
それから十分ほど経った頃、人工太陽から出ていた光がほんの少し少なくなった気がした。それと同時にヒルダの目の前の壁にはめ込まれた魔石が砕けて砂粒となった。
「これで、終わり。さぁ、スイールの所に帰ろう」
「ええ、そうね……」
エゼルバルドはにこやかな笑顔をヒルダに向けると、ゆっくりと通って来た通路を戻り始めた。
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「と、まぁ。こんな所が人工太陽を止めた話しだね」
「お主らも濃い冒険をしてきているのだな……。羨ましい限りだ」
「そうでも無いわよ……」
ひと段落したところで銘々が喉を潤そうとカップを口元に運ぶ。
口の広いカップから何とも言えぬ芳醇な香りが立ち上り、鼻孔の奥をくすぐる。
そして口に含めば舌の上を程良い温度で甘みと渋みを兼ね揃えた紅茶が舌の上を滑り喉の奥へと向かって行く。
最後に口元から離れたカップを見れば、白磁に映える琥珀色が目を楽しませる。
かちゃりとカップがソーサーに置かれると、溜息を吐いたパトリシア王女が羨ましいとぼそりと呟く。
だが、ヒルダはそれを渋い顔をして機嫌悪く否定する。
「あんな冒険が無ければ、スイールはまだ生きてたかもしれないし、エゼルだって暗い過去を知らずに済んだのかもしれないのに……」
ヒルダが口にした通りで無茶な冒険はスイールの命を奪って行った、それは確かだ。
逝ってしまったスイールは最後に幸せだっただろうが、残された者達は悲しみでどうすれば良いのかと放心してしまった時もあった。それを思えばあんな冒険したくなかった、そう思うのだ。
それに、ヒルダの愛すべき人、エゼルバルドの事もそうだ。
彼の先祖がどの地にいたのか、その先祖、祖父や父母を襲った悲劇を想像すれば悲惨だと言わざるを得ないだろう。
「確かにそうだな。あれは悲劇としか言えない。けど、終わった事をいつまでも悔やんではいけないよ」
「確かにね。立ち直るのに結構かかったっけ?」
「それは”言わぬが花”だよ」
スイールを失った悲しみから立ち直るのにしばらく時間が掛かったのは確かだ。
だが、それもある切っ掛けを境に考えられなくなったのだが……。
「それで、人工太陽を再び動かす方法は無いのか?あれがあればスフミの地下遺跡も便利になろうが……」
苦笑するエゼルバルドを横目にすると、パトリシア王女は話題を変えた。
過去に一度、問いただした事がある事柄だが。
「それがね、スイールの残した資料には何も無いんだよ。いろいろと調べてるんだけどね」
「残念だな。それこそあの魔術師の仕事だな。無暗やたらと過去の遺産を掘り起こすべきでないと警告だとして受け取っておこう」
スイールは徹底して人工太陽の製造や起動方法を書き記さなかった。構造などはノートに書き記してあったが、材料など全てが謎のままにされている。
実験しようにも、”暴走”してしまうかもとエゼルバルド達の脳裏にあるので、それも出来ずにいる。
「話の続きに戻るけど、人工太陽へ供給されてる魔力を断ってからスイールの所に戻ったんだけど……」
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エゼルバルドとヒルダは保守用の暗く狭い通路を急いでスイールの下へと戻った。
逝ったのは何となく察していたのでそれほどショックを受ける程でもない。それにひと暴れし頼みごとを片づけて気を紛らわしていた事も気を楽にさせていた。
だが、戻ってきたエゼルバルドとヒルダと対面する予定だった、安置されているはずのスイールの姿は無かった。
衣服や防具、杖や
「……これは、どうなってるの?」
エゼルバルドは喉の奥からやっとの事で絞り出した微かな声で頭を垂れるヴルフとアイリーンに問いただす。この、赤い砂粒は何なのかと。
放心していたのか、ヴルフとアイリーンは帰ってきたエゼルバルドとヒルダが近づくまで気づいていなかったらしく、びくりとして顔を上げた。
「あ、あぁ。お前達か……。上手く行ったか?」
「人工太陽は大丈夫だよ。明日になれば消えると思うから、暗くなる前に離れた方がいいけど……」
「どうした?」
ヴルフが返ってきた二人に声を掛けてきたが、表情は複雑で何と表現して良いかわからなかった。辛うじて無事に帰ってきた事を喜んでいる表情のみが読み取れたくらいで。
そして、エゼルバルドはそれに無事に告げるのだが、ヴルフの表情、それだけでなく、人の形になっている赤い砂粒が気になり言葉を詰まらせていた。
「これか……。信じられんだろうが、これがスイールじゃよ」
「これが?」
「ワシもいまだに信じられんよ。恐らく、あの朱い魔石とつながった時の魔法の影響だとワシらは思ったんだがな」
スイールの最期を看取り、朱い魔石へと変化し砕け散ったところまでをヴルフとアイリーンはその目でしっかりと見えていた。その変化の様子を事細かくエゼルバルドとヒルダに説明をした。
その説明の最中でもヴルフが語った通り、今でも夢の中にいるのではないかと錯覚を起こすと口にする。
「でも、事実なんだよね、これ……」
エゼルバルドはスイールの傍にしゃがみこんで朱い砂粒を両手で掬い上げる。
サラサラとした朱い砂粒はすぐに手の平から零れ落ち、床に小さな山を作り上げる。
「そうか、やっぱり逝っちゃったんだな……。ん?これ何」
朱い砂粒を再び掬い上げたエゼルバルドは、その中から赤子のこぶし大の赤い石を見つける。その石をゆっくりと砂の粒から助け出すようにそっと拾い上げ、いまだに宮殿の窓越しに光を降り注ぎ続ける人工太陽にかざしてみる。
「恐らく、朱い魔石……だと思うけど、何となく違う気がする」
一番近くで朱い魔石をその目で見たエゼルバルドが見たのだから、朱い色味は同じだと言いたいのだろう。それよりも彼は、石の中に心休まる気配を感じざるを得なかった。
ほんの少し。微か。
表現の仕方は何通りもあるだろう。
だが、確実に感じ取っていたのである。
「そうだね、これにスイールの気配がする……違うな。それだとスイールがこの中で生きてるってことになっちゃう。魔石なのに暖かさ?温もりみたいなものを感じる、と言った方がいいかな?」
エゼルバルドは手袋を外し、両手でそっと包み込み暖かさを直接肌で感じてみる。
そして、ほんのりと暖かく感じる赤い石にスイールと手を繋いでいる、そんな気持ちになってくる。
「だから、朱い魔石って言うのはなんか違う。そうだね……」
手で包んだ赤い石に視線を落としながら、しばらく考え一つの答えを口にする。
「これは”スイールの心”って、呼ぶべきかもね」
朱い魔石、改め、”スイールの心”。
エゼルバルドはその石をぎゅっと握り締めて強く口に出した。その言葉を口に出したその時、手の中の石が返事をしたかのように暖かさが増したような気がした。
”まさかね”と思いつつ首を横に振った。
「”スイールの心”か……。それならこのままにしておく訳にはいかんじゃろう。可能な限り連れて帰ってやるか」
「ヴルフ!良いこと言った、久しぶりに。ウチもそれに賛成よ。急いで集めましょう」
「久しぶりは余計じゃ。まぁ、いい。怒らんでおくか。ほれ、減らず口を叩かず、手を動かせ」
胸を反らせて放漫な胸を見せつけるように高飛車な態度を取るアイリーンにヴルフは細めた目を向けて溜息を吐く。
そして、砕けた赤い石、”スイールの心”と名付けた砂粒を集め始めるのであった。
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