第20話「振り返れば」

「孝太の好きにしていいよ。私、待ってるから」


 俺は望未に告白されていたんだ。


「好きです。付き合ってください……」


 あれは小学校のときだ。

 放課後、望未の呼び出されて告白された。

 突然の告白に、俺はどうしていいか分からなかった。嬉しいけど恥ずかしい。その場で「いいよ」と答えればいいのに、むずがゆくて言葉が出てこない。ただ時間だけが過ぎていく。

 告白した望未も、緊張感ときまずさでその場にいられなくなる。


「へ、返事は今度でいいから……。あまり重く考えないでね。私、それで孝太を恨んだり嫌いになったりしないし。孝太の好きにしていいよ。私、待ってるから」


 そう言って望未は、動けなくなっている俺を追い越して行ってしまう。

 行ってしまうぞ。止めろ。声をかけるんだ。振り向け! 振り向けばまだ間に合う!

 だが、俺が振り向くことはなかった。

 そのまま望未とは距離を取るようになり、しゃべることはなくなった。そして望未はいつの間にか引っ越していた。





 目の前には、上半身裸の望未がベッドに横たわっていた。

 腕時計を見ると八時三分。爆発まであと二分残っている。

 まだタイムリープしていなかったようだ。

 レントゲン写真で、再度爆弾の位置を確認する。

 次は実際に望未の体で確かめる。

 とても綺麗な体だった。白くてつややかで美しい。ずっと見ていたいという気持ちが生まれるが、すぐにかき消す。

 指で触ると温かい。当たり前だが生きているんだということを改めて思い返され、緊張でツバを飲む。

 体の幅、肋骨の位置……胸の膨らみ、そこをよけたこの場所。

 望未は目を閉じ、健気にその肌にナイフが突き立てられるのを待っている。

 望未の勇気に応えるのは今しかない。

 俺はナイフの鋭利な刃先を望未に差し入れた。





 新聞には「病院でガス爆発か?」と見出しがついていた。

 クラーラの発砲や警察の出動は、なかったことになっているようだ。

 結論から言うと、タイムリープは起きなかった。

 望未から爆弾を摘出した俺たちは病院から脱出し、一人も死者を出さずに、未来予知装置の予知した大量殺戮事件を未然に防ぐことができたのだ。

 博士にはかなりの小言を言われた。

 といっても未来予知装置に逆らったことではない。なぜタイムリープを自分に説明してくれなかったのかということである。研究者としては非常に気になる事案で、自分がそれを知っていればもっとスマートに解決できたのにと言うのだ。タイムリープについて相談したこともあったが、博士は一蹴したことを覚えていない。

 博士にいろいろ調べてもらったが、タイムリープがなぜ発生し、なぜ終了したのか原因は分からなかった。あまりにも非科学的で、博士としては俺たちの妄想だということにしたいようである。おそらく、一年後にはやっぱ私の言った通りだったじゃないかと、タイムリープを肯定するに違いない。

 クラーラはこのタイムリープを、「望未の愛」と推測した。爆弾で多くの人を巻き添えにして死ぬことになることを望未は許容できず、大勢が助かる道、自分が助かる道を模索していた。そして、自分を助けてくれるのは過去の思い人……天根孝太しかいないと思い、救助を願ったという。彼女の愛は未来予知装置にも影響を与え、未来予知装置は「天根孝太が新満望未の胸をナイフで刺せば助かる」という予知を下した。そして、その条件を満たし、望未、孝太、大勢の命が助かる未来以外はすべて破棄されることになり、同じ七月七日を繰り返すことになったのだ。

 単純に言うと、彼女がタイムリープの原因で、彼女が願ったから、世界は繰り返された。そして願いの通りになたとき、タイムリープが終了したのである。

 博士が非現実的だというのは、その辺りのことである。

 その望未は、ある病院のVIPルームで眠り続けていた。事件から一週間が経過したが、まだ目を覚ましていない。

 望未の健康状態は特に悪くなく、あとは目が覚めるのを待つだけだった。タイムリープが終わったということは、望未は助かるのだろう。だがもしかすると、望未が死んだ途端、七月七日に逆戻りするのかもしれない可能性があるので、まさに予断を許さない事態でもあった。


「今度はこっちが待つ番だな」


 自分にできるのはベッドのそばで、望未が目を覚めるのを待つだけである。

 タイムリープであれば、目覚ましか、望未の妹・恵美の声で目が覚めたのだが、今回はうまくいかなかった。

 花瓶の水をかえようと給湯室にいくため、病室の扉に手を掛ける。

 そのとき……。


「私は五年待ったけどね」


 背後から望未の声がした。

 思わず花瓶を取り落としてしまう。

 振り向くと……望未がこちらを見ていた。


「望未、目が覚めたのか!? それに五年って……」

「思い出しちゃった。待たされるだけの五年間」

「あのときはごめん……」

「もう時効よ。私も忘れてたんだから」

「ごめん……」

「謝るの何度も聞いた気がするな」


 確かにこのタイムリープの中で、望未に謝りっぱなしな気がする。


「看護師呼んでくる」

「ちょっと待って」


 望未はパジャマをまくり上げ、白いお腹を見せてくる。


「ちょっと、なにやってんだ!?」


 思わず目をそらしてしまう。


「下手クソ!」

「は?」

「よく見て」


 望未は膨らみの間を見せる。

 そこには疵痕がついている。

 俺がナイフで切ったものだ。すぐこの病院に担ぎ込み、手術を行ったのだが、傷を消すことはできなかったのである。


「ごめん……」

「ごめんじゃない!」

「ごめん……」


 また謝ってしまう。


「私は五年待ったんだ。何か言うことはないの?」

「あ……」


 言わなければいけないのは謝罪ではなかった。


「好きです。俺と付き合ってください」


 止まった時間はようやく動き始めた。

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振り返ればあの時ヤれたかも とき @tokito

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