第19話「レントゲン」

 クラーラさんは何でもできるらしい。

 私はレントゲン室に入り、言われるまま服を脱いで台の上に乗る。もちろん孝太には出て行ってもらっている。

 上から大きな機械が降りてきて、私の体を写していく。


「クラーラさん、資格とかあるんですか?」

「レントゲン技師の? ないわよ」

「え? 大丈夫なんですか……?」

「説明見ながらやれば、誰にだってできるわよ」


 そ、そうなのか……?

 ちょっと扱いをミスったからといって、大爆発を起こして放射能漏れが起きるということはないのだろう。X線当てすぎで体に被害が出たりとかはあるのかもしれないが、一歩間違えれば死ぬ私が気にしても仕方ないか。


「それでどこに爆弾があったんですか?」


 孝太が現像されたレントゲン写真を見ながら、クラーラに尋ねる。

 全裸を通り越したスケルトンな写真だが、男子に見られるのはちょっと恥ずかしい気がする。


「孝太の言った通り、胸。左胸にあるわ」


 クラーラは写真を指さす。

 左胸にうっすらと四角い物体が映っているのが見える。


「これが爆弾なんですか……?」


 こんなものが自分の体に入っていたとは……。

 実物を見たことで実感が湧いて、急に恐ろしくなってくる。胸を触って感触を確かめてみたいが、今さらだが爆発するんじゃないかと不安になってできない。


「こんなのどうやって埋め込んだんですか? 手術しないと無理ですよね。それはいつ……」


 孝太はそう言うが、爆弾を体に入れている自分でも思い当たるものがない。私はいったいいつ、手術を受けたのだろう。


「たぶん去年ね……」

「去年?」

「望未ちゃんは知らないかもしれないけど、去年誘拐事件が起きたのよ」

「誘拐事件? って、私が誘拐されたっていうんですか? 全然記憶にないですよ?」


 誘拐された本人が知らない誘拐事件というのがあるのだろうか。


「え、ちょっと待ってください。クラーラさんが担当した事件の被害者って……望未なんですか?」


 孝太が口を挟んでくる。


「まさかと思ったけど……間違いないわ。望未ちゃんは去年誘拐されている。そしておそらく、そのときに爆弾を埋め込まれたのよ……」


 クラーラさんの顔が急に暗くなる。

 でも、私は記憶にないことなので、どう反応していいのか分からなかった。


「あのお……ちょっとよく分からないんですけど、とりあえず今はこの爆弾をどうするか考えませんか?」

「そ、そうね。時間まであまりないわ」


 時計は八時になろうとしていた。

 爆発まであと十分もない。爆弾を取り出して、すぐに逃げなければループ確定だ。


「警察だ! 武器を置いて出てこい!!」


 診察室の向こうから、敵意のある怒号が響く。


「ちいっ! 日本の警察はなんて早いのよ!」


 クラーラさんは拳銃を構えて、ドアのそばに立つ。


「孝太、私が時間を稼ぐわ。爆弾はあなたが取りなさい」

「え!? 俺、手術なんてできないですよ!?」

「できなくてもやるしかないでしょ!」


 孝太の気持ちも分かる。人の体を開いて爆弾を取り出すなんて、頼まれてもやりたくない。

 私自身でできればいいんだけど、自分の体に穴を開けるなんてもっと無理。


「孝太、やって」

「でも、うまくいくわけがない」

「そのときはやり直せばいいでしょ」

「そんなこと言ったって……」

「男がぐじぐじ言わない! あなたはすでに私の心臓をナイフで突き刺してるのよ! 一回も二回も変わらない!」

「そ、そうだけど……」


 あと五分もない。

 このまま何もせず爆発したんじゃ、ここまでやってきたことが無駄になってしまう。ループするからといって、何でも許されるわけじゃないんだ。ここまでたくさん迷惑をかけた分、価値のあるものにしなきゃいけない!

 セーラー服を脱ぎ捨て、続けざまに下着も取る。


「ちょ、ちょっと!」


 孝太は反射的に目をそらして顔を赤くする。

 いちいち恥ずかしがるな。恥ずかしいのはこっちだ。


「ここよ!」


 孝太の手を取り、自分の胸に押し当てる。

 左乳房のちょい下。レントゲンで見た爆弾のある位置である。


「ここにあるの。あなたがこれを取ってくれなきゃ、私は死ぬし、ここにいる人は全員死ぬ」

「でも……」

「でもじゃない。これは何度繰り返しても同じ。いつかはやらなきゃいけなくなる」


 孝太は歯を食いしばる。

 恐怖と不安と戦っているのだ。その目から涙がこぼれそうだ。


「私は勇気を出したよ。あとはあなたがやって。私は恨んだりしない」

「…………くっ。分かった、やるよ」

「そう……」


 私はベッドに横になる。

 孝太はポケットからナイフを取り出して鞘から抜く。

 クラーラさんは発砲し、警察隊を牽制しているようだった。大きな音を立てているんだろうけど、私にはよく聞こえなかった。

 孝太はナイフを手に持ったまま動こうとしない。やはり怖いのだ。


「孝太の好きにしていいよ。私、待ってるから」


 私は目をつぶった。

 麻酔もなしに爆弾摘出なんてふざけてる。どんな痛みがするの分からない。暴れてしまうかもしれないし、出血多量で死んでしまうかもしれない。

 でも覚悟はできた。あとは孝太の判断に任せる。

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