第18話「作戦開始」

「過去の私は話したかしら?」

「え、何をですか?」


 クラーラは車を運転しながら、そんなことを突然聞いてきた。


「去年、私が大きな失敗をしたこと」

「失敗? クラーラさんが?」

「その反応じゃ、孝太が体験したタイムリープの中で、私は話してないみたいね」

「た、たぶん」


 クラーラは優しい人だが、この仕事に関しては忠実なので、このように命令違反を犯して手伝ってくれるとは思わず、これまでのループでは関わらないようにしてたのだ。そして、そういうクラーラが仕事で失敗するというのも意外に感じる。


「それも日本での事件だったわ。連続誘拐事で、少女を助けられなかったの」

「去年? 誘拐事件か、そんなのあったかな」

「ニュースにはなってないわ。そうならないための仕事だからね」


 そうだった。「未来を知る者」はこれから起きる大事件を未然に防ぐにために活動している。起きていないものはニュースにならないのだ。


「未来予知装置は、犯人が多くの子供たちを誘拐しては、残酷な殺し方をするという事件を予知したの。一人の少女を誘拐させ、犯人たちがある場所に集まったときに一網打尽にすれば、派生する事件をすべてカットできるという作戦だったわ」

「一人を犠牲にするってことですか……?」

「そう。疑問を感じたけれど、未来予知装置がはじき出した答えにこれまで間違いはなかった。だから私はそれに従ったの。でも……」

「後悔してしまったんですね……」

「実際、少女が殺される前に助けることはできて、犯人以外誰も死なず、やっぱり未来予知装置の言うことが正しいんだと思ったわ。でも、誘拐された彼女はその恐怖で記憶を失ってしまったの……。分かっていたのだから助けられたのに、目の前で誘拐されるのを黙ってみてることしかできず、とてもつらかった……」

「でも、クラーラさんは未来予知装置に従って、多くの子供を助けたんでしょ? 失敗ではないんじゃ?」

「そうなんだけどね……」


 言いたいことはよく分かる。小さい犠牲で大きな被害をカットしたのだから合理的だ。でも、犠牲になった者はそれで納得できるのか?

 クラーラはこの体験から、目の前で助けられる人がいるならば助けたいと思ったのだろう。


「絶対助けようね」

「え?」

「望未ちゃんだっけ?」

「あ、はい。……絶対助けます」


 望未は気づいていないみたいだが、実は、俺は望未と会ったことがある。

 五年くらい前、俺と望未は同じ小学校だった。でも、いつの間にか会わなくなり、やがて存在を忘れてしまった。

 そのことを繰り返し望未と出会うことで思い出していたんだ。テロリストだといって望未の写真を見て気になっていたのは、どうやらそのせいらしい。

 かつての友達を殺せるわけないよな……。

 薄情者でなかった自分を褒めてやりたい。

 車を望未の家の前で停める。クラーラに手伝ってもらったこともあり、前回よりも早い時間に到着できた。


「ここね」

「ちょっと行ってきます。クラーラさんはすぐ出せるようにしてください」


 クラーラを車に残して、玄関のインターホンを押す。

 すぐに望未が出てくる。


「すぐに病院にいこう」

「うん。あの車?」

「そう。組織の人に手伝ってもらっているんだ」


 望未を後部座席に案内し、自分は助手席に乗り込む。


「お邪魔しまーす」


 望未は明るい声でクラーラに挨拶をして、車に乗り込んだ。


「あなたが望未ちゃんね。話は聞いてるわ、って……」

「どうかしましたか?」

「ううん、なんでもないわ。それじゃ病院に向かいましょ」


 クラーラはすぐに車を発進させる。


「それでどうやってレントゲンを撮るんですか? 急患で入るとか?」

「そんなことしてれないわ。病院を乗っ取るのよ」


 クラーラが望未の問いに答える。


「乗っ取る……?」

「武力行使。銃を持って押し入って、関係者や患者には全員病院から出て行ってもらうわ」

「え、なんでそんなことを!?」

「爆弾を摘出するんでしょ? 他の人を巻き込むわけにはいかないわ。うまく爆弾を取り出せても、無効化できずに誰かを死なせてしまってはゲームオーバーよ」

「な、なるほど……。私たちだけなら、爆弾おいて逃げればなんとかなるかもしれませんよね……」


 クラーラが物騒なことを言い出すので、こっちもビクビクしてしまう。まさかそんな計画を立ててるとは思わなかった。


「さあ、着いたわ。派手にいきましょう」


 クラーラはシートベルトを外すと、拳銃を抜いた。

 銃で脅して病院にいる人を追い出して占拠する。そう言われても、どうしていいのか分からない。おどおどとクラーラのあとを追っていく。

 クラーラは病院に入るや否や、発砲した。

 パンと銃声が院内に響き渡る。


「この病院はいただいた! 命が惜しい者はさっさと出て行け!」


 クラーラがテロリストらしいことを叫ぶ。

 院内には九時からの診療を待つ患者でごった返していたが、何が起きたのか分からず、患者たちはポカンとし、院内は静寂に包まれる。だが一秒後には、本能が危機を察知し、我先にと入り口に向かって走り始める。


「すごい人ね……」


 望未が率直な感想を漏らす。


「人を殺すよりか簡単だから、かな……」


 怒号が飛び交い院内は騒然としていたが、数分後には誰もいなくなり、閑散としていた。


「作戦成功。レントゲン、使わせてもらいましょ」


 クラーラは無邪気な笑いを見せた。

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