第17話「頼もしい仲間」
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ。
目覚ましが鳴る。
この不快な音もそろそろ終わりにしたいものだ。
時刻は七月七日六時。もっと早く起きることができれば、爆弾が爆発するまでにいろいろ準備ができるのだが、いつものこの時間なのだ。
「やあ、おはよう。調子はどうだい?」
「かなりいい。そろそろなんとかなりそうだ」
「そろそろ? まあ、調子がいいならいいけどさ」
博士とのやりとりもいい加減なものだ。博士は細かいことを気にしないから、対応が楽でいい。
問題はクラーラのほうだ。
「クラーラさん、ちょっと頼みがあるんだけど」
朝食を運んできてくれるクラーラに話しかける。
「うん? コーヒーでもいれる?」
「そうじゃなくて、ちょっと来てくれる?」
クラーラを休憩スペースから連れ出す。
「これはクラーラさんにしか頼めないことなんだ。変なことを言うけど、信じて欲しい」
「うん? よく分からないけど、話くらいは聞きますよ」
「俺はタイムリープをしているんだ。何度も七月七日を繰り返している。俺はテロリストを暗殺するが、それでは任務達成とならずリセットされてしまうんだ。だからターゲットを助けることにした」
クラーラはタイムリープのことを知らない。詳しく説明したところですべてを理解してくれるはずないので、事実を淡々と述べていく。
「タイムリープ? 何を言っているの……?」
理解しようと頑張ってくれているが、理解が全く追いついてこない。
「ターゲットを救うためには病院に行って、爆弾を取り出さなければいけないんだ。クラーラさんにはそれを手伝って欲しい」
頭を深々と下げる。
説明は不可能だ。ここは態度を見せて、納得してもらうしかない。
「よ、よく分からないけど、それは博士に相談したほうがいいと思うわ」
「博士には前のループのときに話したけど、ダメだったんだ。理解しないどころから怒りだして大変だった」
そのあと強引にオフィスを飛び出して、タクシーを捕まえて望未の家に向かったのだ。
あそこで時間を取られなければ、もっと先のステップまで行けたはずだ。
「私はあなたを信じていいの?」
クラーラは俺の目をじっとのぞき込んでくる。
女性に見られてこっぱずかしいが、そんなこと言っている場合ではない。真剣にクラーラの目を見返す。
「はい。世界を救うにはこれしかないんです」
クラーラは横に目をそらし、どうするか考えているようだった。
「分かったわ。あなたを信じることにする」
「ほんとですか!?」
「でも、いくつか教えてほしいの」
クラーラは喜ぶ俺を手で制止する。
「あなたはこれから未来予知装置でも予測できないような、大きな事件を生み出すことになるかもしれない。その覚悟はある?」
「はい」
「神はターゲットの大量殺戮がする運命を認めた。でも、未来予知装置はターゲットを殺して大勢の命を救おうとしている。でもあなたは、そのどちらでもない未来を作ろうとしているのよ。それは神に代わって、自分勝手な未来を作ろうとしているのではなくて?」
クラーラの声は重く冷たく慎重であった。これは彼女が心から問いたい質問なのだ。
俺の答えはとうに決まっている。
「自分勝手な未来です」
クラーラはマユをよせる。
「でも、俺には見過ごすことができないんです。目の前で死にそうになっている人がいれば救ってあげたい。彼女はこのままだと死んでしまうんです。それを救えるのは俺だけなんです。だから、俺は自分勝手な理由で望未を生かします。そして多くの命も助けてみせます」
これはループするかつてのクラーラに教わったことで、俺の真の気持ちでもある。
「そう……」
クラーラは厳しい顔を崩して、ふっと微笑む。
「私はあなたを信じる。あなたがやろうとしていることを全面的にサポートするわ」
俺はこのときほど、頼れる人がいることを嬉しいと感じたことはない。
そうとなれば、少しでも時間を無駄にすることができない。このタイムリープの孤独の中で、理解者を得るのは非常に困難なのだ。その回でいい関係を築けたとしても、次には初期化されている。望未だけが唯一の例外である。
もう一度同じことをクラーラに説明すれば、再び同意を得られるかもしれないが、それはなんか違う気がする。心を通じた上で得られる信頼関係は、タイムリープなんかで壊されたくない。決して何度も繰り返していいものではないんだ。
「それで何をすればいいの?」
「車を出してください。博士に止められないうちに、さっさといきましょう」
「うーん。あとで博士に怒られないかしら?」
「それは大丈夫です。失敗したら全部リセットです。博士は俺たちが命令違反を起こしたことを覚えていませんから」
「あ、なるほど」
成功すればおそらく、望未を助けられて、乗客も救える結果になると思う。そうなれば博士も、俺たちの命令違反を叱ったりしないだろう。叱られたとしても、俺は自分の取った行動を恥じたり、後悔したりしない。きっとクラーラも。
クラーラは部屋にロープを張り始める。
「え、何してるの?」
「博士に築かれずに脱出するんでしょ? そこから降りましょ」
クラーラは窓を指さす。
それが一番リスクが低いのだろうが、警察で訓練を積んだクラーラと違って、俺はただの高校生。ロープ一本で窓から降りようと言われても、気が進まない。
「大丈夫。ナイフで人を殺すより簡単よ」
クラーラはウインクしてブラックジョークを言う。
ここでジタバタしてられないので、クラーラに言われるままにロープに体を結ばれる。
「あとはロープをしっかり掴んで、壁を蹴って降りるだけよ」
「ホントに大丈夫なんですか……?」
「私を信じて。あなたを安全に降ろすわ」
そう言われると信じないわけにはいかない。クラークがタイムリープを信じるよりも、遥かに簡単なことだ。
やってみれば案外簡単だった。壁を蹴って降りるのはイメージの通りにできた。クラーラが上でロープの引きを調整してくれているからなのだろう。
続いてクラーラが降りてくる。降りるというよりも、降下するという言葉のが合っている。ヘリコプターから兵士がすーっと降りてくるようなかっこよさがある。
駐車場に停めてあるライトバンに乗り込む。
「それじゃ、飛ばすわよ」
急発進で体が跳ね飛ばされそうになる。
クラーラは他の車を追い越しながら、速度をどんどん上げていく。明かなスピード違反だが、こちらには特権があるから、おそらく捕まっても大丈夫なはずだ。
それよりも、このまま事故らないで着くんだろうかというほうが怖い。
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