第16話「解決策」
「中入って。誰もいないから」
母はもうパートに出かけていた。
「どうも。失礼します」
男を家に上げるなんて何年ぶりだろうか。小学校のときは友達を招待したものだが、高学年になるとそういう機会も減っていった気がする。
こんなところ恵美に見られたら、何を言われるか分かったものじゃない。
孝太を家に上げると、鍵を厳重にかける。
「お茶いる?」
「いや、けっこう」
可愛げがない対応。
これではホストとして勤めを果たせないじゃないか。
頼まれていないが、お茶を出す準備をしてあげる。
孝太が台所に入ってきて、急に私の腕を掴む。
「きゃっ。なに?」
突然のことでドキッとするじゃないか。いや、びっくりするじゃないか。
「時間がないんだ。さっさと済ませるぞ」
「え、済ませるって何を?」
「タイムリープの話だ。俺たちに何が起きているのか、確認し合おう」
「あ、そういうこと。そうですね、そういうことですよねー」
毎日望未に変なことを吹き込まれているので、ちょっと意識してしまったのだ。自宅に男女が二人っきりなのが悪い。
「まずタイムリミットは八時五分。君の体にある爆弾が爆発する。爆発するとご存じの通り、時間が巻き戻ってしまうんだ」
壁にかかった時計を見ると、七時半。あと三十分しかなかった。
「なんで時間が戻るの?」
「分からない。おそらく未来予知装置が望む結果を作れないからだと思う」
「未来予知装置?」
「名前の通り、未来に起きることを教えてくれる機械だ。俺のいる組織はテロが起きる前にテロリストを殺して、テロを防ぐ仕事をしているんだ」
「へえ、そんな仕事あるんだ。すごいね」
孝太の口が若干ひきつったように見えた。
「今回はその対象が君なんだよ」
緊張感がないやつだと思われたらしい。
「しょうがないじゃない。現実味ないんだからさ」
「そうだな。俺もこの依頼を受けるまでは、思ってもみなかったさ」
「孝太君はその仕事長いの?」
「今回が初めてだ。未来予知装置に、俺が君の胸をナイフで刺せば大量殺戮を防げると予知されたんだよ。それで人の命を助けられるならって志願したんだ」
「そうだったんだ……」
孝太は組織の人間だからと強く当たっていたが、孝太も普通の高校生のようだ。そういう意味では、私も孝太も変な現象に巻き込まれた被害者なのかもしれない。
自分もそういう依頼を持ち込まれたら、たぶんすごく悩むけど、最後は受けてしまうと思う。自分にできることなら、自分が助けることができるなら、ぜひやりたい。
「え。ちょっと待って」
「うん?」
「私を殺せば事件は解決のはずなんだよね? それで孝太君は私を殺したんじゃ?」
ナイフで心臓を一突きにされた記憶がある。
「確かに殺した。だがタイムリープは終わらなかったんだよ……」
「ええ、そんなあ……。私、殺され損じゃない……」
あんなに痛い思いをしたのに無駄だったと聞くと、とても損をした気持ちになる。
「くくっ」
孝太が苦笑を漏らす。
「すまない、おかしくって」
「おかしい? 何が?」
「君が思ったよりも愉快な人で驚いたよ。もっと真面目な人だと思ってた」
「なにそれ。失礼じゃない?」
私も孝太の印象が少し変わった気がする。あれこれされたので、得体の知れない怖さを感じていたが、どうやら真摯な人のようだ。
「でもどうして、私を殺してもダメだったんだろう?」
「分からないな。未来予知装置が別の未来を望んでいるんじゃないか、って推測するのが限界だ」
「私が死ねば大勢救えるのかあ……」
テロリストを殺せばテロを防げるというのは合理的だけど、ちょっと強引な感じもした。けれど、「あなたの体に爆弾が仕込まれているので死んでください、そうすれば多くの命が助かります」と説明されて納得できるだろうか。
私ならオーケーしたかな、という気もしたが、それは現実味を感じていないから言える綺麗事だろう。両親や妹、友達のことを思えば、この命、そんな簡単に手放したりできないはずだ。
「本当に私の体に爆弾があるの?」
「実際に見たわけじゃないけど、何度も試した感じでは君の体にあるはずだ」
「試したって……私の体を触ったこと?」
「ご、ごめん……!」
孝太はいきなり地面に頭をつけて土下座を始める。
「あれは仕方なかったんだよ……他に調べる方法がなくて。それにリセットされて記憶がないと思って、変なこともしちゃって……」
地面に頭をぶつけるようにして、何度も頭を下げる。
「いいっていいって……。私も同じ状況だったらそうするかもしれないし」
かなりむかついていたが、こう謝られてしまうと、自分が強制的に謝らせてる感じがして、あまり気分がよくない。
自分が孝太の立場で、相手が男だったら、服を脱がしたり触ったりしていただろうか? ……そんなこと考えても仕方ないから、考えるのはやめよう。
「それより、この爆弾はなんとかならないの? どんぐらい爆発するか知らないけど、ここで爆発したら、死ぬのは私と孝太君くらいでしょ。被害は小さいと思うけど、それじゃ解決にならないんだよね?」
「分からない。あ、分からないばかり言ってごめん」
「だからいいって。時間ないんだし、テキパキと決めていこう」
こう冷静でいられるのも、自分の体に爆弾があるという自覚がないからだと思う。それに死んでも、また七月七日をやり直せるのだ。そんなに気にすることじゃない。もちろん、リセットされない可能性もあるから、気楽に考えてはいけないのだが。
「爆弾を取り出すことはできる?」
「正確な位置は分からないから、無理だと思う」
孝太に胸をじっと見られる。
私は反射的に胸を隠してしまう。
孝太は赤面してすぐに目をそらした。
「あ、ごめん。変な意味で見たんじゃないのは分かってるから平気」
「うん……」
なんだかやりづらい。
「正確な位置が分かれば、取り出せるの?」
「え?」
「だから、ちゃんと爆弾があるって確認できたら、爆弾を取り出してくれる?」
「どういう意味?」
この男、にぶい。私がこれだけ譲歩をしているというのに。
「見せてあげるからって言ってるの」
思い切って胸を突き出す。
「あっ……。うん……」
孝太は顔から火を出すんじゃないかと思うくらい赤くなり、うつむいてしまう。
「じゃあ、見せてあげるから、ちゃんと確認してよね」
別に見せたくて見せるわけじゃない。むしろ見せたくない。すごく恥ずかしい。
でも、ここで止まっていたら何も進まないのだ。
ばさっと上着を脱いで、下着姿になる。
なぜ私は男子を家に上げて、こんな恥ずかしい姿を見せるハメになっているのだろう……。
いっそ死にたい。数分後には死ぬことになるけれど。
「ちょっ、ちょっと待って!」
「何よ!」
勇気を振り絞ってこんな恥ずかしい格好になっているのに、制止されると困る。
「俺が確認しても、爆弾は取り出せない。それが心臓にあるんだったら、ナイフを差し入れて取り出そうとしても、たぶん……」
胸を刺したら死ぬ。
自分の胸にナイフを突き刺されるのを想像して、ゾクッとした。一度刺されたことがあるので、ただのイメージではなく、世にも珍しい経験に基づくものだ。
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「……そうだ。レントゲンを撮ってみよう」
手をぽんと打つ。
その手があった! 何も胸を見せたり、触らせたりする必要なんてなかったんだ。現代科学の力を使って、爆弾の正確な場所を探し出せばいい。
「すぐ病院に行こう!」
「ダメだ。もう時間がない。続きは次のループでやろう」
「あ、そうか……。でも、これで解決の糸口がつかめたわね」
「ああ。今のうち、病院の場所を調べておかないとな」
孝太はスマホで病院の場所を調べ始める。
「あ、ここ近いよ。駅のそば。割と大きい病院だし」
スマホをのぞき込んで、マップを指さす。
「あ、あの……」
「ん、なに? なにかマズイの?」
「マズイというか……近い」
私は下着姿のまま、孝太に胸をすり寄せていたのだった。
「は、早く言ってよ!」
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