第15話「ずる休み」

「あなたたち、何なの!? なんで逃げてるの!?」


 金髪の女性は拳銃を抜き、こっちに向けてきた。

 ホームには電車を待つ乗客も多く、距離も離れているため発砲はしなかったが、追いかけてくる。

 改札側からやってくるため、反対側に走っているが、ホームが途切れたらどうするのだろう。


「この時間じゃたぶん話せない」


 訳も分からず、孝太に腕を引っ張られるままになっている。


「またタイムリープしたら、あの電話番号に住所を送ってくれ。会いに行く」

「会いに行く!?」

「この回はもう終わりだ。俺たちは死んで、またタイムリープする」

「繰り返しってこと? このタイムリープってどうやったら終わるの? もう、うんざりなんだけど」

「無理だと思ってたが、おそらく君がいれば抜けられる」

「え……」


 さっきから孝太のいう単語がいちいち刺さってくる。わざと刺激的な台詞を選んでるんだろうかと疑ってしまうくらいに。

 ついにホームの端に追い詰められてしまう。

 金髪の女性の他に、スーツの男たちが大勢集まってきている。


「タイムアップだ。また会おう」

「え? どういうこと」


 私はホームから突き落とされた。

 ちょうど電車がやってきていて、私の体は思いっきり電車にぶつかってしまう。

 あいつ、なんてことしやがるんだ!





「お姉ちゃん、お姉ちゃん、どうしたの?」


 いつもの恵美の声だ。

 どうやら時間が巻き戻ってしまったらしい。


「おはよう、恵美」

「おはようじゃないよ。また悪い夢? アホな顔しているよ」

「アホ……?」

「あーとかうーとか、意味分からないこと口走ってたよ」

「そ、そうなんだ……」


 今回はよく分からないことが多すぎた。

 変なことはされていないが、結末がいつもと違ったので少し前進した感じがする。最後は電車に轢かれて死ぬという、かつてない死に方だったし。


「で、どんな夢だったの?」

「連れ去られる夢、かなぁ?」


「え、孝太君に!? どこに連れて行かれたの?」

「電車に」


 いきなり腕を引っ張って走らされ、電車に向かってダイブさせられる夢だ。


「孝太君、やるー! 駆け落ちじゃーん!」


 妹はいつものように、孝太の妄想を頭の中で繰り広げているらしい。

 あの世に連れていかれるのは勘弁してほしい。


「別に望未が期待するような展開はなかったよ? あ、たぶん、うん……」


 孝太に「会いに行く」と言われたのが急にリフレインしたのだ。


「今のあっやしいー! 孝太君と何があったの? 駆け落ちして、ついにヤっちゃった?」

「なによ、ヤっちゃったって」

「男と女がヤることなんて一つしかないじゃない! お姉ちゃん、ついに大人の階段を上がってしまったのね!」

「あー、はいはい」


 殺す意味なら、何回もヤられているけどね。

 さて、今回は家で待っていろと言われてた気がする。住所を教えるのはちょっと嫌だけど、こればかりは仕方ないだろう。

 スマホを操作してショートメールのアプリを立ち上げる。


「あれ? 履歴ないんだけど……」


 考えてみれば当たり前だった。

 時間は巻き戻っているのだから、孝太からショートメールが来ているわけがない。


「番号なんだったっけ……」


 ちらっと見ただけの番号を思い出せるわけがなかった。

 そのとき孝太からショートメールが届いた。


『番号忘れてると思って。住所送ってください』


 あいつめ……。いや、助かったけどさ。

 孝太は私の電話番号を記憶しているのだ。そういえば、いつか夢の中で孝太に電話番号を教えたような気がする。

 すごいな。ちゃんと覚えてるんだ。あれ、覚えてる……?

 前のショートメールで孝太が覚えてるうんぬん言ってた気がする。覚えていて当たり前だろ、って返信したが、実は覚えているのが当たり前ではないのだ。

 リセットされてるから、みんなの記憶に残ってないんだ……。

 私は時間が巻き戻っても、起きたことはちゃんと覚えている。でも、妹や両親は前に話した会話を覚えていない。だからループしていることに気づいていないのだ。でも、孝太は違った。私と同じく、タイムリープで起きたことを記憶している。

 そうか。だから孝太はああ言ったんだ。


「タイムリープってどうやったら終わるの?」

「無理だと思ってたが、おそらく君がいれば抜けられる」


 ドキッとしてしまうような台詞だが、別にそういう意味はなかったんだ。タイムリープはまるごとリセットされてしまうから、何をしても全部が無駄になってしまう。でも、記憶している人が自分以外にもいれば、記憶を蓄積して次のループへ活かすことができるのだ。二人で協力して何度もループを積み重ねていけば、ループから脱出する方法も分かるかもしれない。

 急いで孝太に住所を送る。

 孝太が家にやってきたら、今後どうするかちゃんと検討しよう。


「お母さん、今日学校休んでいい?」

「どうしたの? 体調悪いの?」

「うん、ちょっと……ノドが痛くって。熱もあるかな……」


 母にウソをついて、ずる休みを目論む。


「お母さん、お姉ちゃんさっきすごい苦しそうにしてたよ。トイレで吐いてたし!」

「え、そうなの? 病院行ったほうがいいかもしれないわね……」


 吐いてないしとツッコミたいが、妹がうまくフォローしてくれたので何も言えない。


「うん。ちょっと落ち着いたら病院いくね」


 学校への連絡は母がしてくれることになった。


「ナイスフォローでしょ?」

「うん、助かったわ」

「ずる休みして、逢い引き? 孝太君と」

「なんでそうなるのよ」


 本当にそうなのだけど、恵美には知られたくない。いや、逢い引きじゃないし。


「ふふっ、別に隠さなくてもいいんだよー。あたしが恋のキューピットになってあげようか?」

「けっこうです」


 父は会社へ、妹は学校へ行った。母ももうじきパートへ出るだろう。

 ショートメールによれば、孝太はこっちに向かっているところらしい。

 孝太が言っていたことで非常に気になることがあった。それは私がテロリストで、爆弾を埋め込まれてると言ったことだ。

 あのときはカッとして否定しまくったが、何の根拠もなしにそんなこと言わないだろう。別に孝太は私を怒らせたいわけではなく、なんとしてもループを抜け出そうとしてるはずなのだから。


「私がテロリストなわけないけど、爆弾が体の中にねえ」


 体にある爆弾が爆発するのであれば、それは自爆テロと言えるものかもしれない。ならば、その爆弾を体に持っている私はやはりテロリストなのだろうか?

 だが体の中に爆弾があると言われてもピンと来ない。誰がいったいいつ私の中に爆弾を埋め込んだというのだ。自分だ誰かに頼んだわけないし、そんなことされた記憶は全くない。


「あるとすればお腹かな」


 あまり自分のお腹を触りたくないが、念のため確認する。ぷにぷにしてるなんて、わざわざ再認識したくないのだ。

 案の定、ちょっとぷにぷにしてるだけで、別の爆弾っぽいものなんて入ってない。いや、入ってたらびっくりだけど。


「お腹……そういえば孝太に触られたことがあるような……」


 思い出して急に真っ赤になる。なんで私は男の子に自分のお腹を触らせているんだ。すごく恥ずかしい。


「え、待って。胸も触られたんじゃ……」


 ああ……。孝太がいきなり胸を鷲づかみにしてきたんだ。あれは絶対に夢じゃない。


「もうお嫁に行けない……」


 恥ずかしくて死んでしまいそうだ。


「あ、でも……もしかして爆弾を調べるために触ったの……?」


 さすがに出会い頭に胸を揉んでくるのは絶対におかしい。孝太がヘンタイだったとしても、うら若き乙女の胸を鷲づかみにするなど、なかなかできたものじゃないはずだ。


「爆弾があるなら、あるって言ってくれればよかったのに……」


 そうすれば自分で触って確認したのに。

 爆弾があると言われたような気もするが、記憶がおぼろげであまり覚えていない。何度もループしているんだから仕方ないじゃないか。

 ピンポーン。

 インターホンが鳴った。

 ついに孝太がやってきたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る