第14話「アクセス」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、どうしたの?」


 恵美の声で、一瞬にして覚醒する。


「はぁはぁはぁ……。私、なんか叫んでた?」

「うん。ちょっとおおおおお! とか絶叫してたよ」

「やっぱりかぁ……」

「また悪い夢? 今度は何されたの?」

「はあ……。抱きつかれて、キスされた……」

「うっわー! なにそれ、超運命的じゃない!?」

「全然、運命じゃないし……」


 今回はコンボを決められたのだ。次はナイフか銃で殺されるというオチもセットでつくに違いない。


「やっぱ孝太君ってさぁ」

「うん?」


 こっちはかなり疲れ切っているが、恵美は好奇心がかき立てられるようでハイテンションである。


「お姉ちゃんのことが好きなのかなー!」

「はあああ? 何それ?」

「だって、抱きついてキスしてきたんでしょ」

「そうだけど、私を殺してきたこともあるんだよ……?」

「だからじゃん!」

「へ……」

「殺すほど好きってこと! お姉ちゃんを殺すことで独占しようとしてるんだよ! きっとそのあとで自分も死んで、あの世で一緒になるんだ」

「それじゃ、無理心中だよ……」


 そんな好かれ方されても、全然嬉しいとは思えない。

 江戸時代も一方的に好かれて心中したわけではないだろう。そういうのは両思いだから成立するのだ。


「そもそも全部夢の話だから」

「いえいえ、夢だって馬鹿になりませんぞ! 日本では平安時代から、生き霊が夢枕に立って、いろんなことをしでかして来たんだから!」

「六条御息所かい……。じゃあ、恵美はあの男は私と結ばれるために、夢を通じて私にアプローチしようとしてるって言うの?」

「そうだよ、それに違いないよ! だってそれ以外説明つかないじゃない! 同じような夢を毎日のように見て、それ全部に同じ男子が出てくるんでしょ? そんな夢普通あり得ない! これは愛ゆえの奇跡だね!」

「はあ……」


 妹のいうことは信じる気になれないが、自分でも自分の起きている現象について説明できないので、その説も検討すべきかもしれない。

 孝太が私を好きなのか、というのは置いといて、この世に実在する実物であるのは確かなのだろう。それがなぜか毎度夢に出てくる。いや、あれは夢ではなくて、現実の七月七日を繰り返していると言ったほうが正しいと思う。なんでこうなっているのか分からないが、それを解く鍵は孝太が持っているはずだ。

 そういえば、あとで電話するって言ってたな。あとっていつだよ……。それに私の電話番号知ってるのか……?


「ちょっと顔洗ってくる」


 顔を洗っていると、スマホに知らない番号からショートメールが入っていた。


『一本早い電車に乗って』


 孝太からだろうか?

 知らない番号に返信するのは気が引けるが、何度も七月七日を繰り返す現象の謎を知りたいので、思い切って返信する。


『もしかして孝太さんですか?』


 相手からすぐに返信があった。


『そうです。孝太です』


 返信が来てから後悔した。

 こっちから名前を出してしまったら、相手はそれをオウム返しにすればいいだけだから、本当の名前を知ることができないではないか。

 これでは出会い系かも知れないし、詐欺系かも知れない。ここは相手にだけ分かることを聞いてみよう。


『電話するって言ってませんでした?』

『覚えていたんですね』


 あんなことをされたんだ、覚えてるに決まってるだろう!

 怒りを抑えて返信する。


『覚えてます』

『電話では信じてもらえないと思うので、一本早く電車に乗ってください。明海駅で話します』


 なぜ男に会うために早く家を出ないといけないのか、ちょっと納得いかないが、相手の話を聞かないことには先には進まない。


『分かりました。早く出ます』

『お願いします』


 割と事務的なショートメールだ。

 信じてもらおうと思って、真面目な文面にしているのだろうが、それが逆にうさんくさく感じてしまう。

 電話よりも直接会ったほうがいいのは分かる。電話では誰としゃべっているのか分からない。私はあの男……孝太と話さなくてはならないのだ。

 でも……会いたいってなんかアレだな……。いや、待てよ。また何をしでかす気なのか!? だからわざわざ会って話そうって!?

 これまで散々な目に遭っているので、かなり気が滅入る。


「恵美、今日は一本早いのに乗るから」


 朝食はさくっと食べ終え、鞄を持つ。


「もしかして……孝太君との逢い引き?」

「ち、違うって! 向こうの連絡先なんて知らないし!」


 悲しいことに違っていないし、連絡先を知っている。いや、逢い引きではなかった。


「ま、楽しんでおいで」


 恵美の意味不明な台詞を無視して、家を出る。

 そして、無事一本前の電車に乗ることができた。

 ちょっとドキドキする。

 もちろん孝太と会うことじゃない。いつもと違う行動をしていることである。何回も七月七日を繰り返していたが、ここまで異なることはしてなかったのだ。この変化がどのように効いてくるのか、好奇心と不安がある。

 明海駅で降りると、孝太が電車の扉の前で待っていた。


「どうも初めまして、天根孝太と言います」

「初めましてじゃないでしょ? 私は新満望未。知ってるかもしれないけど」


 初めましてと言われて、ちょっと棘のある言い方になってしまった。

 あなたは何度私の前に現れ、破廉恥なことをした?


「そうとも言えるな」


 むかっとする。なんだその言い方は……。


「単刀直入に言う。俺と君はタイムリープをしているんだ」

「タイムリープ? ああ、この繰り返しのことね。あなたが原因なの? いい加減にしてほしいんだけど」

「これは俺のせいじゃない」

「俺のせいじゃない? よく言えたものね。私にあんだけひどいことをして」


 これぐらい言っても許されるだろう。私は何度も殺され、何度もセクハラをされた被害者なのだ。


「それは……悪いと思っている。俺も好きでやったわけじゃないんだ」

「好きでやったわけじゃない?」


 イライラがどんどん募っていく。

 好きじゃなくて、人の胸を揉んだり、刺したりするのかこの男は。


「ああ。俺は『未来を知る者』の一員だ。正しい未来を迎えるために、君を殺す任務を負っている」

「は? 未来を知る者……? なにその怪しい組織。カルト団体? それに私を殺すって何よ。私を殺したら何かいいことあるの?」

「信じてくれないのは分かっている。でも話していることはすべて真実だ。この組織には未来予知装置という、未来を予言する機械があるんだ。それによると、君がテロリストで、多くの人間を殺すことになる」

「はああ? 頭おかしいんじゃないの? 私は普通の高校生です。どうやって人を殺すっていうのよ。むしろ、あなたのほうが人殺しでしょ」

「ああ、そうだ。今はその認識で構わない。問題はこのあとなんだ。君の体には爆弾が埋め込まれている。それが数分後に爆発して多くの人間を殺すことになるんだ」

「へ……?」


 頭のおかしいやつだとは思っていたけれど、このまま荒唐無稽なことを言ってくるとは思わなかった。

 私がテロリストで、私の体に爆弾が埋め込まれてる? それが今すぐ爆発するって? 何を馬鹿げたことを言ってるんだろう。


「まずい、感づかれた……。逃げろ!」


 孝太が人の腕を強引に引っ張る。


「孝太! 何をしているんだ! それはターゲットだぞ!」


 孝太の名を呼んだのはあの金髪の女性だった。

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