第13話「そして繰り返す」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、どうしたの?」


 恵美に揺さぶり起こされる。


「よかった、生きてた……」


 目を開くと恵美の顔が見える。

 そのアホ面を見ていると自然と涙がこぼれてくる。


「ちょっと、なに? 急に抱きついてこないでよ、暑いって」

「いいじゃない、生きてたんだから……」

「また悪い夢? 今度は何されたの?」


 夢で見たことを覚えている範囲で、恵美に話した。


「それで今回は、孝太君におっぱい揉まれて、金髪女性に撃ち殺されたってこと? なにそれ馬鹿みたい」

「馬鹿みたいと言われてもね……」


 夢は自分の願望を反映すると言われるが、別に自分で好き好んだ見た夢ではないのだ。

 それとも本当は、自分がエッチな目に遭いたくて、殺されたくて仕方ないヘンタイなんだろうかと不安になってくる。


「で、どうだったの?」

「どうだったって何が?」

「孝太君におっぱい揉まれて、どう感じたかってことよ!」

「も、揉まれて!? な、何言ってんのよ……」

「女の子にとって重要なことでしょ。気になる異性におっぱい揉まれてどう思うか」

「別に気になってないし」

「毎日夢見てるんだから、気になってないわけないでしょー! で、どうだったの!?」


 恵美が興味津々に聞いてくる。


「知らないわよ……。急なことだったし。何より夢のことじゃない……」

「えー、つまんない答え~」

「どんな答え望んでんのよ」

「そりゃー、気持ちよかったとか、ドキドキして胸が張り裂けそうだった、とか」

「ないない。ただのチカンじゃない。いいものなわけないでしょ」

「じゃあ、銃で撃たれたのはどうだった?」

「銃……」


 あの痛みはやけにリアルだった。

 できれば二度と体験したくない痛みだ。考えるだけで息が詰まる。


「あれは痛かったわ。死ぬほどね」

「そりゃ死んだんだからね」


 そう。恵美の言う通り、私は夢の中で死んだのである。

 シャワーを浴びようかと思ったが、服を脱ぐ気になれなかった。何度もシャワーを浴びているような気がするし、服を脱いだら胸に穴が開いているんじゃないかと思ったからである。開いてたら死んでいるんだから、そんなわけないのに。


「今日は何日だっけ?」

「七月七日、七夕でしょ。きっと運命的な出会いがあるよ! たとえば、拳銃を持ったミステリアスな金髪おねーさんとか!」

「ないから」


 そういえば、孝太と呼ばれる少年と一緒にいた金髪の女性はいったい何者だったんだろう。なぜか私に謝りながら銃を向けてきた気がする。

 謝るぐらいなら殺さなくてもいいのに、と思ってしまう。


「あー、それよりも、おっぱい揉んでくれる男の子のほうがいいかあ!」


 ぶほっと噴き出したのは私ではなく、父のほうだった。


「おい、恵美。何の話してるんだ……」

「夢の中の話でーす」


 父は恵美を叱るが、恵美は悪びれる気はないらしい。

 このやりとりはいつもの食卓といえばそうなんだけど、何度か繰り返したものに似ている。七月七日の朝の出来事のリピートだ。

 なぜ自分は同じことを何度も繰り返しているのだろう。今日もまた孝太とあの女性に出会ってしまうのだろうか?

 今度はいったい何をされてしまうのだろうかと考えると、かなり気が重い。


「それじゃあ、行ってくるよ。何があるか分からないから気をつけるんだぞ、望未」

「何も起きないわよ。お父さん、心配しすぎ」

「注意するに越したことないってことだ」


 父はやはり同じ台詞を言って、会社に出かけていく。


「ほら、望未も恵美もそろそろ行く時間でしょ。早く食べちゃいなさい」


 そう言って母は、いつもと同じようにお弁当を鞄に入れてくれる。そういえば、このお弁当、大切に持っていないと台無しにされるような感じがする。

 学校にいきたくない、と言いたいところだが、休ませてはくれないだろう。ずっと同じ夢を繰り返し見てるの、いつも殺されてるの、と説明しても信じてはくれまい。ずる休みする理由にしては、かなりひどい言い訳だ。

 恵美と一緒に家を出て、駅へと向かう。


「それじゃ、おっぱい揉まれないように気をつけてね」

「あー、はいはい!」


 妹を叱るのに疲れた。

 恵美は「ちえっ」っとつまんなさそうな顔をして、反対側の電車に乗っていった。

 満員電車の中では、今日はどう対応するか、一人脳内会議を開催する。

 孝太はあの手この手で私を辱めてくる。おそらく私のことが好きで好きで仕方ないのだろう。かなり恐ろしい部類のストーカーだ。今日はもしかすると、押し倒されてしまうかもしれない。いつもやられっぱなしだから、今日はこちらからしかけてみようか。

 いつものように、高校のある明海駅で降車する。

 改札のほうから孝太が歩いてくる。

 辺りを見回してみるが、金髪の女性の姿は見当たらない。あとでやってくるのかもしれない。

 目が合わないように、こちらも孝太のほうへ足を進める。

 孝太はポケットに手を突っ込んでいないから、今日は刺されないで済みそうだ。

 こっちが何もしないと思って、孝太は警戒することなく、近づいてくる。

 先制攻撃のチャンス!


「孝太君、ずっと前から好きでした!」


 女子高生が大好きなウソの告白。あとで大喜びしている男子をみんなで笑うやつ。

 相手が私のことを好きならば、このウソは相当堪えるに違いないのだ。

 案の定、孝太は目を見開き唖然としている。

 まさか、私が名前を知っていると思わないだろうし、告白してくるとは考えもしなかっただろう。

 よし、あとはこのまま逃げるだけだ!

 硬直している孝太の横を通り過ぎて改札へ向かう。


「きゃっ!?」


 いきなり強い力で腕を引っ張られてしまう。

 孝太の手だった。


「ちょっと待って! 君、もしかして昔、会ったことない?」

「へ?」


 何を言い出すんだ、この人は。

 いつの時代の口説き文句だよ。まあ、ウソの告白をしてみせた私が言えることではないが。


「ないと思いますけど……」


 夢の中では毎日会っているが、過去にあった記憶はなかった。


「そう、か……」


 なぜか残念そうに落ち込む少年。

 というか、私の告白はスルーなんですか。ウソの告白とはいえ、完全にスルーされると悲しい。


「あの、あなたいったい何者なんです? いつも私にちょっかい出してきて」

「え?」


 孝太はひどい驚きようだった。

 自分から毎日しかけてくるくせにそれはないだろう。


「今、いつもと言った?」

「ええ、言いました。いつも私にひどいことしてきますよね」


 こいつ、自覚がないのだろうか。さすがにイライラしてくる。

 人を一方的にスカートをめくったり、胸を揉んできたり、殺してきたり。いくらなんでも、ひどいではないか。


「記憶があるのか?」

「は? あんなことされて忘れると思います?」

「そうか……よかったぁ……」


 孝太がいきなり抱きついてくる。


「ちょっ、何するんですか!? やめてください!」


 やはりこいつ、ヘンタイだ。


「話したいことがあるんだ。あとで電話する」

「はあ?」


 私にはヘンタイと話すことなんて何もない。


「ちょっと言わせてもらいますけどね、あなたちょっと……」


 厳しく言ってやらなければ終わることがないと思ったのだが、口をふさがれてしまう。

 例によって口で。


「ちょっとぉぉぉぉ!?」

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