第12話「さけられぬ死」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、どうしたの?」
恵美の声で目が覚める。
いつの間にか眠ってしまったようだ。
昨日は朝にシャワーを浴びただけで、夜は入り忘れている気がする。
「おはよう、恵美」
「おはようじゃないよ。また悪い夢? 顔が引きつってるよ」
「え?」
そういえば夢を見ていた気がする。
いい夢だったような、悪い夢だような……。記憶はおぼろげだが、確かなのはあの少年が出てきたことだ。
「うん、またあの夢を見てた気がする」
「今日はどんな夢? 顔赤いよ」
「え、赤い?」
思い出して、さらに顔が赤くなってしまったと思う。
夢でキスされたのだ。
少年にナイフで刺されるんじゃないかと警戒したら、いきなりキスされた。
「うん。タコにみたいな真っ赤」
「タコって何よ……。私、何か言ってなかった?」
夢とは言え、あれが人生初のキスだったのだ。変なことを寝言で叫んでしまっているかもしれない。
「うん、言ってた言ってた。愛してるー、とか、私を好きにしてー、とか」
「え? マジで……?」
普段、マジという言葉を使わないのだが、ぽろっと出てしまった。
「ウッソぴょーん!」
「こらー! 恵美ー!」
これにはいいお姉さんで通している私も、堪忍袋の緒が切れる。
朝っぱらから大声で叫んでしまった。
昨日はお風呂に入れなかったので、シャワーを浴びる。
夢のことが気になって、ついつい唇を指で触ってしまう。でも、別に何も分からない。そりゃそうだ。夢でキスされたんだし、現実だったとしても、その感触が今でも感じられるわけがないのだ。
ただ、キスはどんな感じなんだろうと、指でふにふにと自分の唇を触ってしまう。
制服に着替えると、テーブルには朝食が並んでいた。
「男子にキスされないようにしてね」
朝食を食べてると恵美が急に言ってくるので、噴き出してしまう。
「き、キス!? 私なんか言ったっけ!?」
「あれ、図星? 適当に言ったんだけど、今日は孝太君にキスされたんだぁ?」
にやにやとした顔でからかってくる。
「されてないし!」
「おいおい、望未、何の話だ? キスって」
あまり事情を知らない父までが話に加わってくる。
「夢の話だし! 別にしてないし!」
朝から叫びまくりで疲れてしまう。
「ほら、もしかしたら、急に現れるかもしれないじゃん、孝太君。なんだかんで、お姉ちゃん可愛いし。キスの一つや二つ、エッチの百個や二百個くらいしてくるかもしんない」
ぶほっと盛大に噴き出してしまった。
「んなわけないでしょ! 変なこと言ってないで食べなさい」
「えー、夢がないなあ。今日は七夕だよ。エッチされるくらい運命的な出会いが待ってるかも知れないじゃーん」
「え? 今なんて言った?」
「エッチされる出会い?」
「ち、違くて! 七夕って言った?」
「うん、七夕。今日は七月七日だよ。運命的な出会いありそうじゃない?」
「ウソ……」
七夕は昨日のはずだ。
昨日の朝は殺される夢を見て、学校にいくときキスをされて……。あれ? キスされたのは夢じゃなかったっけ?
「何とぼけた顔してるの? そんな顔じゃ孝太君に嫌われちゃうよ」
「し、してないし!」
記憶があいまいだ。
テレビやスマホを見ても、その日付は七月七日になっている。これはきっと間違いないだろう。
ということは私の勘違いなのかもしれない。昨日が七月七日だった気がするが、夢と混同してしまっているようだ。それも仕方ないだろう。毎日同じような夢を見るのだから、間違っても仕方ない。
「それじゃあ、行ってくるよ。何があるか分からないから気をつけるんだぞ、望未」
「何も起きないわよ。お父さん、心配しすぎ」
「注意するに越したことないってことだ」
なんだか同じやりとりをしたような気がする。
父が気に掛けてくれるのは最近では普通のことだし、これも勘違いかもしれない。
「ほら、望未も恵美もそろそろ行く時間でしょ。早く食べちゃいなさい」
そう言って母はお弁当を鞄に入れてくれた。
恵美と一緒に家を出て、駅へと向かう。
「それじゃ、エッチされないように気をつけてね」
「何言ってんのよ、こんなところで!」
公衆の場で妹を叱ってしまった。
何事かと学生や社会人がこちらを見てくるのが分かって、非常に恥ずかしい。
恵美はいししと笑い、反対側の電車に乗っていった。
本当に困った妹だ。もう少し姉を敬ってほしい。
満員電車から解放され、明海駅のホームに降り立つ。
あの男子高校生がいないか、キョロキョロを周囲を窺ってしまう。おそらく顔も若干赤くなっているかもしれない。
いた……。
今日もいた……。
夢と同じく男子高校生がこちらに向かって歩いてきている。
どう対処すればいいんだろう。ナイフで刺されるかもしれないし、キスされるかもしれない。
彼はいったい何を考えているんだろう。私を殺したいのか、それとも好きなのか。行動に一貫性がまったくなくて、意味が分からない。夢に一貫性を求めても仕方ないのだろうが。
特にいい方法が思いつかなかったので、その場任せでやろうと決める。ポケットからナイフを出してきたら、かわしてナイフをはたき落としてやろう。そのまま腕をねじって、エイヤと地面に組み伏せてやる。「この人、ナイフ持ってます!」と叫んで、警察に突き出すんだ。今日もキスをしてきたら、逃げる前にほっぺをひっぱたいてやろう。女の子のファーストキスを奪うなんて、どんなイケメンでも許されるわけがない。キスをしたいなら、付き合ってからすべきなのだ。
男子高校生が何をしてきていいように身構えていると、男子高校生やはり近寄ってくる。
ポケットからは手を出している。これでいきなり殺されるというケースはなくなっただろう。
ということは、奴はキスをしてくるに違いない。
さあ、してきなさい。その頬、ひっぱたいてやるわ!
じっとその場で立っていると、男子が突然動いた。
「いいっ……!?」
思わぬ行動で体が固まってしまう。
なんとこの男、不埒にも人の胸を鷲づかみにしてきたのだ。
そして感触を確かめるように、両手で何度も何度も揉んでくる。
ほら、ひっぱたいてやるのよ! こんな男子、ノックアウトしてやんなさい!
自分に命令するが、体中が燃えるように熱くなって、まったく反応してくれない。風邪で高熱が出たとき、体が思うように動いてくれないのに近いと思う。
男子は服の上から揉むのでは飽き足らず、服の中に手を突っ込んでくる。
「はうっ……!?」
叫び声が出ない。
キャアアア、と叫べば、周りにいる人たちが助けてくれる状況なのに。
まさか妹が言ったように、こんなエッチなことをされるとは思わなかった……。
「おい、孝太! 何をしているんだ!」
スーツを着た女性が男子を突き放す。見かねて助けに来てくれたのだろう。
なんてカッコイイ女性なんだろう。金髪で長身。まるで舞台の男役女優のようである。男に襲われる女を助けてくれるなんて、男女関係なくヒーローだ。私だったら、チカンの現場を見ても怖くて助けてあげられないかもしれない。
って今、この人、孝太って言った?
「君は……?」
金髪の女性が私を見て驚いている。
私のことを知っている感じだっただが、私は外国人に知り合いはいないから、きっと勘違いだろう。
孝太と呼ばれた男子は、そのすきに走って逃げ出していた。
あの男子はやはり、夢と同じ孝太という名なんだ……。
夢と現実がなんだかリンクしているようで、びっくりしてしまう。
「おい、孝太! ちっ、仕方ない……」
女性は孝太を追おうとするがすぐにやめて、戻ってくる。
「あの、助けてくれてありがとうございました。今の男子とは知り合いなんですか?」
人の胸を揉んでくる男子とこの金髪の女性はどういう関係なんだろうか?
二人して私に何か用があったけど、男子が暴走して変なことしてしまった? それで女性がフォローに入った、そんなところだろうか。何にしろ、チカンされた私にはひどく迷惑な話である。
とりあえず、女性は孝太との縁を切った方がいいだろう。
「望未さん、本当にすまないと思っている」
「はい?」
女性が突然の謝罪。
女性がスーツの上着に手を入れると、抜いたときには拳銃が握られていた。
「え……?」
本物? ウソでしょ? なんでそれを私に向けるわけ……?
パンと発砲音。
胸が焼けるように熱い。
痛い場所を触ってみると、手には赤い液体がついている。紛れもなく血だ。しかも私の。
「どうして……?」
私は撃たれたんだ。
立っていられず、地面に倒れ込んでしまう。
訳が分からないよ……。どうして私が殺されないといけないの。この女性は誰? 男子と組んで何を企んでいるの?
視界がだんだん暗闇に包まれていく。
私、死ぬんだ……。お父さんや望未のいうように気をつければよかった。あの男子が危ないってことは分かっていたはずなのに。夢は予知夢だったんだね……。
体も頭ももう動きそうになかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます