第11話「望未」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、どうしたの?」
恵美の声。
恵美が体を乱暴に揺すってくる。
窓からはまぶしい光が差し込んできている。
そうか、朝か。起きなきゃ。
「おはよう、恵美」
「おはようじゃないよ。また悪い夢? すごく苦しそうにしてたよ」
そういえば夢を見ていた気がする。
とてつもない悪い夢だ。記憶はおぼろげだが、ここ一番で最悪な夢なのは分かる。あまり思い出したくない。
「うん、ひどい夢を見てた気がする」
「どうして私を殺すのー、とか叫んでた。やっぱ普通の夢じゃないよ、それ」
「え、そんなこと言ってた?」
「うん。本当に死んじゃうんじゃかいとすごい心配になるくらいに」
「そっか……」
男の人に殺される夢だった気がする。
男は見覚えがあった。いや、実際に目で見たわけじゃない。夢の中で何度か見たことがあるのだ。
ここ最近、同じような夢ばかり見るのだ。
高校へいく途中、男子高校生が話しかけてくる。その男子はいつも同じで、学生服を着ている。夢に現れては、何か私にしてくるのだ。
急に顔が赤くなってしまう。
スカートをめくられたことを思い出したのだ。そのほかにも恥ずかしいことを何度かされたような記憶がある。
ほんとに嫌な夢だ。ほんとに嫌な男子生徒だ。
恵美の言っていたようにだいぶうなされていたようで、パジャマは汗びっしょりだった。
このまま学校にいくのアレなので、シャワーを浴びて下着を取り替える。気持ちも一緒に交換したいものだけど、なかなかそうもいかない。
「男子に殺されないようにしてね」
朝食を食べていると、恵美がからかってくる。
「殺されないわよ、夢じゃあるまいし」
「ほら、もしかしたら、急に現れるかもしれないじゃん、殺人鬼。最近ぶっそうだって言うし、ナイフの一本や二本、爆弾の百個やら二百個くらい持ってるかも」
「んなわけないでしょ。変なこと言ってないで食べなさい」
「えー、夢がないなあ。今日は七夕だよ。殺されるくらい運命的な出会いが待ってるかも知れないじゃーん」
嫌な出会いである。
毎日のように夢に現れるので、恵美の言うように現実で出てくるんじゃないかという気がしてくる。
その男子は孝太と言ってたような気がする。
真面目そうでいい人そうに見えるのだが、いきなり服を脱がせてきたり、爆弾がしかけられてると脅してきたりするので、ちょっと嫌なイメージが強くなってきている。男子というのはエッチな生き物だが、夢で見るということは、自分が望んだものが見えたのかもしれないと、少し憂鬱になる。
私があんなこと望むわけないでしょって……。
今日の夢では、孝太が私のことを殺してきた。私に殺されたい願望なんてあるわけない。きっと夢と願望に因果関係はないんだ。
「それじゃあ、行ってくるよ。何があるか分からないから気をつけるんだぞ、望未」
「何も起きないわよ。お父さん、心配しすぎ」
「注意するに越したことないってことだ」
父は仕事優先の人で、ほとんど家に戻らなかったのだが、去年から急に家庭的になった。会話もあまりしてこなかったが、最近では毎日何かを話している。仕事に疲れて、急に家族が恋しくなったのかもしれない。
「ほら、望未も恵美もそろそろ行く時間でしょ。早く食べちゃいなさい」
そう言って母はお弁当を鞄に入れてくれた。
母とは偉い生き物だ。毎朝、家族よりも早く起きて朝食とお弁当を作ってくれる。毎日早起きも嫌だし、料理を考えるのも大変だ。飽きないようにお弁当の中身を毎日変えてくれるのは、とても嬉しい。お昼休みが近づくと、今日は何が入っているんだろうとウキウキしてしまう。
恵美と一緒に家を出て、駅へと向かう。
恵美の中学は逆方向なので、ホームで分かれることになる。
「それじゃ、パンツ見られないように気をつけてね」
「見られないわよ」
望未はいししと笑い、反対側の電車に乗っていった。
夢のことなんて話すんじゃなかったと後悔する。
明海行きの電車が到着し、前の人に続いて乗り込む。通勤ラッシュ時とあって、満員電車だ。押し合いへし合いしながらも、なんとか人に寄りかからずに自立する。
満員電車でチカンにはときどき遭うけれど、さすがにあの男子高校生ほどのことはされたことはない。今日は警戒していたこともあり、誰にもちょっかい出されずに済んだ。
電車は明海駅に到着し、扉が開くと、大勢の人が吐き出されていく。自分も続いて下車した。
いつもと変わらぬ通学風景。
何が七夕だから、男が現れるかも、だ。いないではないか。夢の登場人物なんだからいるわけがない。
「え……」
いた。
間違いない。夢で見た男子高校生だ。名前はたぶん孝太。私に毎回何をしてくるヘンタイ。もしくは殺人鬼。
なんでいるの……? え、もしかしてこれが夢? いやいやそんなことない。ちゃんと地面を踏んで歩いている感触はあるし、頬を引っ張れば痛い。
今日は何をしてくるんだろうと不安になる。
でもそれは夢でのことで、現実とは何の関係もないかもしれない。だから、露骨に避けたりしたら変だろう。
男子はこっちに向かって歩いてくる。
え? ちょっと、どういうこと? 私に何か用があるの……?
男子はポケットに手を突っ込んでいる。
ナイフじゃないよね、それ? 駅で急にナイフ出したりしないよね? ね? おかしいよね、人前で堂々殺人とか。
男子はついに目の前までやってきた。明らかにこっちを見ている。視線をごまかそうとしてないので、私に用があるのだ。
や、やめてよ。私を殺さないでよ……?
「あ、あの……」
刺される前に止めようと声をかける。
だが男子は足を止めなかった。
こっちに一歩踏み込み、突然口をふさいでくる。
口で。
「んっ!?」
いきなりキスされた。
な、なにっ!? この少女漫画的な展開は!? 見ず知らずの人にキスする、普通?
夢でこっちは一方的に知ってはいるけど。
男子はすぐに口を離し、振り返って逃げていく。
突然のことでどうしていいのか分からず、足も口も動かなかった。
あいつを追いかけるべきなのか、「この人チカンです!」と叫べばよかったのか。
唇を指で触ると少し湿っている。
私のファーストキス……。
そこそこカッコイイ男子にいきなりキスされるのは、女子として嬉しいことなのか、よく分からない……。
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