第10話「振り返らずにヤるだけ」
ヤるしかない。
未来予知装置が言ったように、俺は彼女を殺すしかないのかもしれない。
彼女は爆弾を持たされていることを知らない。爆弾によって殺されてしまう乗客と同じ、罪のない人間の一人だ。
そんなに彼女を殺すのは可哀想だと思う。しかし、皆を救うためにはそれしかないのだ。死んでもらおう……。
いつもの目覚ましで起きてから、彼女を救うことが正解なのか考え続けていた。しかし自分に問いかけても答えは出なかった。
このようにループしているのには、自分が彼女を殺さなかったことが原因だと思えば、解決方法は彼女を殺すことしかない。勝手に彼女に同情して助けようとしていたのが間違いだったのだ。自分の判断が間違っているとすれば、未来予知装置がはじき出した未来を信じるしかない。
彼女をヤる。
それを今回の目的に定めた。
いつものように駅のホームに立ち、彼女を待つ。
もう一週間以上、彼女がやってくるのを待っていることになる。彼女が来るのを楽しみにしていたこともあるが、今回はできれば来なくてほしいと思ってしまう。何も知らずにやってきた彼女を、俺は殺さなければいけないから。
望未が改札に向かって歩いてくる。
間の詰め方はもう何度もやっているから分かる。彼女の進路上に立ち、一気に間を詰めていく。
もう迷いはしない。彼女を殺す。彼女はテロリストだ。彼女を生かせば大勢の人が死ぬことになる。だから彼女を殺し、みんなを救う。恨んでくれたっていい。俺はどうせ正義の執行者ではない。個を切って、多を取る冷酷な合理主義者だ。
望未の正面に来る。
可愛らしいあの顔もこれで見納めだろう。これまでの彼女とのやりとりの記憶を封印する。
目線を顔から胸に移す。
体をかぶせるようにぶつかる。
そして、そのまま望未の胸にナイフを突き立てる。
「んんっ……」
彼女は声にならない息をもらす。
心臓を一突きだ。
血が大量にあふれ出し、手に生暖かい血が流れてくる。
望未はその激しい痛みに立っていることができず、俺にもたれかかるようにして、ずるずると崩れていく。
自分も望未を支えるように、膝を折り、彼女に合わせて姿勢を低くする。
青ざめた彼女は苦悶の表情で、ただ痛みに耐えようとしていた。
弱々しく、ナイフを持つ俺の手を掴んでくる。
冷たく震える手。彼女の苦痛と恐怖が伝わってくるようだった。
彼女の目はただ俺を見ていた。
彼女は口を開くが、言葉にならない。
ただ、なんと言っているかは分かってしまう。
どうして。
どうして自分を殺すのか。理不尽な死を受け入れられず、苦痛と恐怖よりも恨みが上回って、そんな言葉を吐き出してきたのだ。
そんな目で見るな……。俺もやりたくてやったわけじゃないんだ。君を救おうと努力はしたんだ。でもダメだったんだよ……。
俺は彼女を抱きしめた。
「ごめんな……。君の悔しさは分かるよ。意味の分からないことで死にたくないよな。でも、君は爆弾が仕掛けられていて、このままだとここにいるみんなが死んでしまうんだ。だから俺は君をヤる。君を殺すことで多くの命が助かるんだ」
殺人鬼にこんなこと言われたくないだろう。
博士は未来に起きることを証明するのは難しいと言っていたが、こんなことを言われて納得できる被害者はいないだろう。
俺の手を掴んでいた望未の手が力なく離れる。
ついに事切れたのだ。
これでいい。これでよかったんだ。
「大丈夫。君だけを一人で死なせはしないさ。人を殺した責任は取るつもりだ」
動かなくなった彼女を抱きかかえ、駅の出口へと向かう。
周囲の乗客はこちらを見て、青ざめている。
血まみれの男が血まみれの女を抱きかかえて歩いているのだ。その異様さに言葉を失い、警察や消防に連絡するのを忘れている。
組織はおそらく彼女の存在をなかったことにするだろう。彼女はこの日この時間に明海駅にはいなかった。当然そこで死ななかった。何かに悩んで家出をして、そのまま行方不明になった。そう遺族や関係者に説明するはずだ。そうするのは、事の次第を話したところで誰も納得しないからだ。
でもそうはさせない。彼女の遺体は家族に届けてやろう。憎むべきは彼女に爆弾を仕込んだテロリストだ。理不尽な死を隠されては、彼女も家族も報われないだろう。
彼女を届けたら自分も死ぬつもりだ。
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ。
目覚まし!?
スマホをすぐに手に取って確認する。
時刻は七月七日六時。
巻き戻っていた。
「何でだよ! 彼女を殺したじゃないか! それなのになんで戻ってるんだよ!!」
未来予知装置の通りに、彼女を殺したのになぜタイムリープするのか。訳が分からなかった。
これが未来予知装置の望む未来ではないのか?
彼女をさんざん辱め殺した俺に、これ以上何をさせたいというのか。
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