第9話「ボディチェック」

「あの、すみません」

「はい? 何ですか?」


 改札に向かう望未を足止めする。


「爆弾持ってませんか?」

「は?」


 望未は口をポカンと開ける。

 さすがにそんなことを言われるとは、誰も想像しないだろう。


「爆弾? 何を言ってるんですか……?」


 おかしな質問に怪訝な表情をしながらも、丁寧に対応してくれる。

 彼女はやはり優しい人間なのだ。


「わたくし、潜入捜査をしていまして」


 警察手帳を見せる。

 警察手帳にはクラーラに入れてもらった自分の写真が入っている。


「はあ……」


 にわかには信じられないようだが、多少落ち着かせる効果はあったと思う。

 学生服よりもスーツで来られればよかったのだが、組織の人間は自分が望未を殺すためにここに来ていると思っているので、あまり変わったことはできない。


「誰かに何か渡されたりしてませんか?」

「爆弾を、ですか? あの…………記憶にないです」


 演技をしている感じはしない。本当に心当たりがないようだ。


「本当かい? 電車の中で誰かにぶつかったとか、ちょっと前に手術を受けたとかなかったか?」

「誰かに……? 電車は混んでたので誰かにはぶつかってると思いますけど、そのときに爆弾を渡されたかまでは……。手術は受けたことありません」


 彼女は本当に爆弾のことを知らないのだ。彼女に聞いてもこれ以上情報は得られないだろう。


「そんなはずはない。君がテロリストではないかという報告を受けているんだ。どこかに爆弾を隠し持っているんだろう?」

「私がテロリスト? 違います! 私、爆弾なんて持っていません!」


 あり得ない容疑をかけられて、望未は強く否定する。

 それはそうだろう。身に覚えのないことでテロリストに認定され、本来ならば俺に殺されようとしているのだ。


「ちょっとボディチェックさせてもらうけど、いいかい?」

「え……。あ、う……いいですけど……」


 疑われる時点で普通は拒否反応を示す。誰かに体を調べられるのはもっと嫌なものだ。プライベートを犯される感じがして屈辱的。

 望未はこちらを信用して、許可してくれる。


「では……」


 そうは言ったものの、ボディチェックの仕方なんてしらない。余計なところを触って、変に思われたり、嫌われたりしないだろうか。

 だが爆弾が爆発するまでもうほとんど時間がないはずだ。迷ってる時間はない。思い切って彼女に触れる。


「あ……」


 彼女が戸惑いの声を上げる。

 服の上から触り、爆弾がないかをチェックする。

 靴下、スカートは問題なし。腰回りも問題なし。悪いと思うが意を決して触った胸ポケットも、特に問題なし。あくまでも触れるぐらいだから、問題なんてあるわけなし!


「本当にないのか……」

「だから、ないって言ったじゃないですか……」


 ということは本当に体に埋め込まれているのかもしれない。

 お腹か、それとも胸か……?


「ちょっとお腹を触らせてもらいますね」

「え……?」


 彼女の同意を待たずにお腹を触る。

 服の上から押してみるが、特に異物が入っている感じはしない。というより分からない。

 思い切って下から服に手を入れ、直接お腹を触ってみる。


「ひっ……」


 望未は払いのけようとしたが、相手が警察官だと思い、受け入れることにしたようだ。

 顔を赤くして、いじらしく耐えている様子にとんでもない罪悪感を覚える。

 強く押して確認してみたが、お腹には何もないようだ。

 では次は胸か……?

 そんなことしていいのか? さすがにダメだろ。でもこれは調査だ。爆弾がどこにあるか調べないと彼女を救えない。

 やるしかないと、ツバを飲み込んで決意する。

 彼女は目をつぶって耐えている。

 白状すると、彼女を殺害しようと思ったときよりも緊張している。

 服の中に潜ませた手を伸ばして、上にある胸を目指す。

 もう少しだった。

 もう少しで膨らみを掴むところで、ホワイトアウト。爆弾が爆発したのだ。

 失敗した、というより、残念だったという気持ちが強くて、男の悲しいサガにちょっと自己嫌悪になった。





 ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ。

 目覚ましの音もさすがにうんざりする。

 変なことをしようとしたから、爆弾もしくは目覚ましにストップをかけられたのではないかとさえ思う。

 それにしても、いったい自分は何度同じ体験を繰り返せばいいんだろうか。

 はじめは大量殺戮を阻止できなかったので、もう一度やり直せてラッキーと思っていた。しかし、それから何度も爆弾にやられ、乗客、望未とともに爆死している。別に痛さを感じてるわけではないし、死なずに死んでいるのは嬉しいのだが、この繰り返しに終わりがあるのだろうかと不安になる。

 いや、終わりはあるのだろう。

 未来予知装置は、俺が彼女を殺せばテロを防げると予知した。つまり、彼女を殺せば、大勢の人間が助かるという未来が確約されているのだ。俺が彼女を殺さないから、来るべき未来がやってこずに繰り返しているのかもしれない。

 その予測が正しいのであれば、時間の巻き戻しをさせているのは俺が原因だ。彼女を殺したくないという、自分勝手な願望がさせている。

 殺すしかないのか……?

 どうせループするなら、試しに彼女を殺してみようという気にもなる。だが本当にループするとは限らない。彼女を殺したことで未来が確定して、ループが終わってしまうかもしれない。そうしたら、彼女は永久に死んだままになってしまう。

 どうしていいのか分からなかった。

 この仕事を受けるときに、一人を殺して多数を助ければいいと思っていた自分はどこかへ行ってしまったようだ。

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