第8話「クラーラ」

 ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ。

 もう何度目か分からない、目覚ましの音を聞く。

 これまでで分かったことは、彼女が爆弾を持っていないことだ。鞄にもなく、服にもない。

 でも、爆弾は実際に爆発しているのだ。これは一体どういうことのだろうか。一つ答えが思いつき、その考えをすぐ否定したくなる。

 体の中? いや、ウソだろ……。

 爆弾は彼女の体の中に隠されている可能性がある。どうやったら体の中に爆弾を埋め込めるのだろう。彼女が寝ているうちに、腹を開かれ爆弾を仕込まれてしまった……? 非現実的に過ぎてアホらしくなる。

 それを自分が確かめる方法は、ナイフで体を裂いて……。考えるだけでぞっとする。無理だ。不可能だ。リセットされるとしてもやりたくない。


「やあ、おはよう。調子はどうだい?」

「大丈夫。ちょっと行き詰まってるだけだよ」

「行き詰まってる?」


 博士は不思議な顔をする。

 こっちは何度も同じ時間を繰り返しているが、博士は何も記憶していないので、博士には全く分からないことだ。説明してもすぐにリセットされてしまうのから、いちいち説明はしない。

 過去二回のやり直しで精神的にダメージを受けているので、今回は楽な方法で爆弾を探っていこうと思う。むしろ、なぜこれを先にやらなかったのだと思う。


「クラーラさん、警察手帳みたいなもの持ってます?」

「警察手帳? 何に使うの?」

「途中でトラブルに巻き込まれたとき、そういうのがあれば解決できるかなーって」


 高校生が学生服を着ているのだから、任務中誰かに疑われて作戦進行に支障がでないことは経験上知っている。

 警察手帳は望未と話すときに、円滑に進めることができればと思ったのである。何かあったときに便利かもしれない。


「そうねえ。一応、レプリカは用意してありますよ」


 クラーラはデスクの引き出しを開ける。

 そこには警察手帳や各国のパスポートなどがたくさん入っていた。


「なんでこんなに……?」

「『未来を知る者』のエージェントですからね、こういうものがないとやっていけないのよ」


 未来予知装置を所有して、重大事件を未然防ぐ活動をしている組織「未来を知る者」は、各国の許可を得て行動しているものの、それは公的に認められているものではない。だから公式の許可状はなく、公的に活動している感は自分たちで醸し出さなければいけないのだという。

 「未来を知る者」のエージェントはこういう小道具をたくさん所有している。もちろん違法なのだが、そこは国家や警察が黙認しているため、想定外の大きなトラブルが起きなければ問題になることはない。今回も申請は出しているため、テロリストが死亡する分には、警察は何も言ってこないことになっている。


「孝太は臨時で雇われているだけだものね。不安になる気持ちは分かるわ」


 クラーラはドイツ人で元警察官だったらしい。「未来を知る者」の活動を偶然目にして、その行動理念に惚れ、組織に入ったという。


「緊張してる?」

「え? ま、まあ……」


 すでに任務を何度もやっているので緊張感は薄れてきているが、話を合わせることにする。


「未来を変えるのは重大なことだから仕方ないわ。私も初めて作戦に参加したときはかなり緊張したのを覚えてるもの」

「クラーラさんが?」


 しゃべり方は穏やかで、一見、優しいお姉さんだ。だが背は高く、体はがっちりしているので、警官の制服を着ていたら頼もしく見えるだろう。


「元警官といっても、普通の人間だからね。未来を変えてしまう重さは怖かった。自分なんかがそんなことをしていいのか、ってね。あ、ごめんなさい。これから任務がある人に話すことじゃなかったわね」

「あ、大丈夫です。続けてください」

「ふふっ、強いのね」


 何度も爆弾で大勢の人を殺す結果になっているのだから、強くもなる。


「テロが起きてしまえば多くの人が亡くなってしまうけれど、それは元々死ぬ運命であった人なのかもしれない。もちろん、死ぬべき人だったという意味じゃないわ」


 クラーラにうなずく。

 その意味はよく分かる。死ぬべきじゃないと思っているから、俺はこの作戦に参加しているのだ。


「神はその人をそこで死なせると決めていた。けれど、私たちのやろうとしているのは、その定めに逆らうことなんじゃないかと思ったの。人間が人の生き死にに介入していいのか、私には分からなかった」

「クラーラさんはどういう結論を出したんですか?」

「私は……考えることをやめた」

「へ?」

「いくら考えても、何が正しくて何が間違っているのか答えを出せなかったの。だからもう考えないことにした。……ただ目の前で死にそうになっている人を助けられるなら、私は助けようと思った。だから、私はこの仕事を続けているの」

「そうですか……」


 共感できる話だった。

 自分もきっとそうだ。どの人が死ぬ運命にあるか知っていれば、その人を助けたいと思う。明海駅にいる人を、そしてあの少女・望未を助けてやりたい。

 それは別に自分が偉くなりたいとか、感謝されたいとかではない。確かにこれから起きることを知って、未来を変えてしまうのは神のような行為だ。だけど、俺のやろうとしてるのはそうじゃない。自分がやりたいからやる、自分勝手な行為なのだ。


「作戦前に重い話をしてごめんなさいね」

「いえ、とてもためになりました」

「警察手帳は貸してあげるわ」


 クラークが警察手帳を握らせてくれる。


「この作戦はあなた一人で立ち向かうしかないの。つらいこと、厳しいことはたくさんあると思う。でも、あなたならきっと成し遂げられる、私はそう信じているわ。この手帳はただのお守りにしかならないけど」

「ありがとうございます」


 クラーラは俺の辿ってきた道のりをまるで知っているかのようだった。その優しさが俺の心を温かく包んでくれる。


「あと、私からの心付け」


 そういうとクラーラは頬に軽くキスをしてくれた。

 キスされた場所がほんのりと温かい。

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